その③
文字数 2,312文字
狙った対象にエネルギーを与え、温度を上げて瞬時に気体に変えて蒸発させる。この時、エネルギーの消費量は膨大だが、蒸発した時に放出されたエネルギーは全て回収されるので、計算上プラマイゼロになる。いや、狙った相手が消えるため、アルカディアには利益しかない。
「そんな馬鹿な?」
にわかには信じられない内容だ。
「嘘吐きだね、君は! そんな自己中な神通力がどの世界にあるって言うんだい?」
「僕ら『黒の理想郷』が目指す世界にはあるさ。それに信じられない? ならもう一度、やってみせようか?」
「……!」
正義は下がった。説明が本当なら、抵抗することなく蒸発させられてしまうからだ。
(もし仮にそこまで強力なら、何かしらの弱点や欠点、条件があるはず。それを探ってから攻めるしかない!)
この時の彼の発想は正しい。正面からの突破は困難に近い。ならば様子を観察し、見極めてからでも攻撃は遅くない。
ただ、彼の考えに足りなかったものが一つある。それは、アルカディアには攻撃を待つ理由がない、ということ。
「せ、正義…?」
突然、正義が消えた。
「馬鹿な……。今俺はアイツを見ていたが、全く動いてないぞ? 大きな呼吸もなければ、眉一つ動いていない!」
攻撃の時に、何かしらの動作があると思っていた潤一郎に衝撃が走った。
(何もないのか……! ヤツは顔色一つ変えずに、神通力を使える……)
それ自体は驚くべきことではない。実際に予備動作のない神通力の持ち主は少なくはないからだ。ただ、それがアルカディアの場合は恐怖である。何故なら、何の前触れもなく唐突に神通力が、気づけば使われてそしてその全工程が終わっているのだから。
潤一郎は願平を呼んだ。
「作戦会議かい? 十分話し合うといいよ。でも全部蒸発して無駄になると思うけどね」
余裕の表情でアルカディアは言う。きっとこの距離ならいつでも神通力を使えるのだろう。
「お前の未来予知は、どうなっている?」
「少なくとも今のところは、俺も潤一郎も大丈夫だ……」
ここで潤一郎は考える。
(未来が見えても、消えるかどうかしかわからない。それでは意味がない! ここは全力でアイツの排除に動いた方がいいのでは? 防御が疎かになるが、そもそもあの神通力を防ぐ手段があるとは思えない……)
相談した結果、次の一手が決まる。
「おいお前! そんな自分は完全に安全な力を使って勝って、嬉しいのかよ?」
挑発だ。言葉巧みに、神通力の入りようがない肉弾戦に持ち込む。
「嬉しい? そんなことのためにここで戦ってるんじゃないし、勝ったら喜ぶのが通常だろう?」
正論が返って来た。これでは作戦失敗か。
「でも……。あなたらに最後の花を持たせるという意味では、使わないでもいいよ」
「本当か?」
「約束しよう。あなたたちが卑怯なことをしない、ならね」
通った。そうなれば話は早い。
「行くぞ、願平!」
「おうよ!」
二手に分かれて、別の方向から攻撃を仕掛けるのだ。博と正義を失ったとはいえ、人数に差があることには変わりはないのだから。
「単純だね。でもそれが通常かな、この状況なら。まあ、通じるかどうかは別問題だ」
右から、願平が拳を振り下ろしてくる。それを避けつつ彼の頬に肘を入れる。左から、潤一の手刀がくる。適当に受け止めて逆に顔面にパンチをくらわせる。
「そ、そんなぁ……!」
「……強い!」
二人はその一瞬で、絶望した。白兵戦でも敵わないのだ。
「どうした、もう終わり? まさか、違うよね……。さあ休憩時間は終わりだ、もっと激しき攻めてきてもいいよ」
「ま、まだだ!」
願平が立ち上がる。
「お前を倒す、絶対に! ここでくたばってたまるかよ!」
そして、未来を見る。
(禁じ手、だ……!)
未来予知は絶対と思われがちだが、願平の覗いた未来は彼のみ変えることが可能なのだ。
ただし、目を瞑れないデメリットもある。まず、見た通りの未来にならないことがあるし、そうとは逆になる時もある。つまり未来のビジョンが変わるかどうか、わからない。さらにもう一つの短所は結構致命的で、それは、自分のせいで未来が変わる場合は、それを把握できないことである。
(でも、いい! アイツの拳や足の動きがわかるのなら、一矢報いることができる! その可能性に賭ける!)
勇気ある行動に出た。
「無駄だよ、何をやっても。常に僕の方が上だ……!」
「そういうわけにはいかねえのさ!」
アルカディアの放ったパンチを、願平は紙一重でかわした。
「何っ?」
今のは確かに当たる軌道だったために、アルカディアは困惑。逆に願平は確信。
(行ける!)
右手はパンチ、左手は手刀。
「通れ……!」
「駄目だね」
だが、あと一歩というところでアルカディアの膝が上がり、願平は顎を打たれた。攻撃の軌道はズレて外れた。
「惜しい、あとちょっとだったのに…!」
「あとちょっと? それはあなたの死期の話かな?」
「え……?」
そう言われると、一瞬だが動きが止まる。
(来る…のか、あの神通力が!)
そう思ってしまうからだ。だが違う。アルカディアは願平の腕を掴むと、彼を持ち上げてぶん投げた。
「うおおおあああ!」
「ぶぐじぇ…!」
投げられた願平の体は、潤一郎にぶつかる。二人とも地面に崩れた。
「二人がかりでこれでは、ガッカリを通り越して何も感じないし思わないよ。さあ時間だ、この世からご退場願おうか」
「そんな馬鹿な?」
にわかには信じられない内容だ。
「嘘吐きだね、君は! そんな自己中な神通力がどの世界にあるって言うんだい?」
「僕ら『黒の理想郷』が目指す世界にはあるさ。それに信じられない? ならもう一度、やってみせようか?」
「……!」
正義は下がった。説明が本当なら、抵抗することなく蒸発させられてしまうからだ。
(もし仮にそこまで強力なら、何かしらの弱点や欠点、条件があるはず。それを探ってから攻めるしかない!)
この時の彼の発想は正しい。正面からの突破は困難に近い。ならば様子を観察し、見極めてからでも攻撃は遅くない。
ただ、彼の考えに足りなかったものが一つある。それは、アルカディアには攻撃を待つ理由がない、ということ。
「せ、正義…?」
突然、正義が消えた。
「馬鹿な……。今俺はアイツを見ていたが、全く動いてないぞ? 大きな呼吸もなければ、眉一つ動いていない!」
攻撃の時に、何かしらの動作があると思っていた潤一郎に衝撃が走った。
(何もないのか……! ヤツは顔色一つ変えずに、神通力を使える……)
それ自体は驚くべきことではない。実際に予備動作のない神通力の持ち主は少なくはないからだ。ただ、それがアルカディアの場合は恐怖である。何故なら、何の前触れもなく唐突に神通力が、気づけば使われてそしてその全工程が終わっているのだから。
潤一郎は願平を呼んだ。
「作戦会議かい? 十分話し合うといいよ。でも全部蒸発して無駄になると思うけどね」
余裕の表情でアルカディアは言う。きっとこの距離ならいつでも神通力を使えるのだろう。
「お前の未来予知は、どうなっている?」
「少なくとも今のところは、俺も潤一郎も大丈夫だ……」
ここで潤一郎は考える。
(未来が見えても、消えるかどうかしかわからない。それでは意味がない! ここは全力でアイツの排除に動いた方がいいのでは? 防御が疎かになるが、そもそもあの神通力を防ぐ手段があるとは思えない……)
相談した結果、次の一手が決まる。
「おいお前! そんな自分は完全に安全な力を使って勝って、嬉しいのかよ?」
挑発だ。言葉巧みに、神通力の入りようがない肉弾戦に持ち込む。
「嬉しい? そんなことのためにここで戦ってるんじゃないし、勝ったら喜ぶのが通常だろう?」
正論が返って来た。これでは作戦失敗か。
「でも……。あなたらに最後の花を持たせるという意味では、使わないでもいいよ」
「本当か?」
「約束しよう。あなたたちが卑怯なことをしない、ならね」
通った。そうなれば話は早い。
「行くぞ、願平!」
「おうよ!」
二手に分かれて、別の方向から攻撃を仕掛けるのだ。博と正義を失ったとはいえ、人数に差があることには変わりはないのだから。
「単純だね。でもそれが通常かな、この状況なら。まあ、通じるかどうかは別問題だ」
右から、願平が拳を振り下ろしてくる。それを避けつつ彼の頬に肘を入れる。左から、潤一の手刀がくる。適当に受け止めて逆に顔面にパンチをくらわせる。
「そ、そんなぁ……!」
「……強い!」
二人はその一瞬で、絶望した。白兵戦でも敵わないのだ。
「どうした、もう終わり? まさか、違うよね……。さあ休憩時間は終わりだ、もっと激しき攻めてきてもいいよ」
「ま、まだだ!」
願平が立ち上がる。
「お前を倒す、絶対に! ここでくたばってたまるかよ!」
そして、未来を見る。
(禁じ手、だ……!)
未来予知は絶対と思われがちだが、願平の覗いた未来は彼のみ変えることが可能なのだ。
ただし、目を瞑れないデメリットもある。まず、見た通りの未来にならないことがあるし、そうとは逆になる時もある。つまり未来のビジョンが変わるかどうか、わからない。さらにもう一つの短所は結構致命的で、それは、自分のせいで未来が変わる場合は、それを把握できないことである。
(でも、いい! アイツの拳や足の動きがわかるのなら、一矢報いることができる! その可能性に賭ける!)
勇気ある行動に出た。
「無駄だよ、何をやっても。常に僕の方が上だ……!」
「そういうわけにはいかねえのさ!」
アルカディアの放ったパンチを、願平は紙一重でかわした。
「何っ?」
今のは確かに当たる軌道だったために、アルカディアは困惑。逆に願平は確信。
(行ける!)
右手はパンチ、左手は手刀。
「通れ……!」
「駄目だね」
だが、あと一歩というところでアルカディアの膝が上がり、願平は顎を打たれた。攻撃の軌道はズレて外れた。
「惜しい、あとちょっとだったのに…!」
「あとちょっと? それはあなたの死期の話かな?」
「え……?」
そう言われると、一瞬だが動きが止まる。
(来る…のか、あの神通力が!)
そう思ってしまうからだ。だが違う。アルカディアは願平の腕を掴むと、彼を持ち上げてぶん投げた。
「うおおおあああ!」
「ぶぐじぇ…!」
投げられた願平の体は、潤一郎にぶつかる。二人とも地面に崩れた。
「二人がかりでこれでは、ガッカリを通り越して何も感じないし思わないよ。さあ時間だ、この世からご退場願おうか」