その②

文字数 4,148文字

 あまり人気がない体育館の裏。隣に林があるせいもあって、日中でも薄暗いのだ。

「ここが、俺のフィールド!」

 司に対面する斿倭は、

「いつでも来い! 返り討ちにしてやるぜ!」

 やる気満々だ。二人とちょっと距離を取った位置に蓬莱と蒐は立っている。

「……神通力?」

 蓬莱はワザと、知らない風に蒐に尋ねた。

「あなたも何か持ってるんじゃないの? じゃないと私のクラスには来ないでしょ? ちなみに私には、占いや呪いを実現させる神通力があるよ! あなたは?」
「教える必要が、あるかい?」
「いいや、全然。無理は言わないよ」

 しかし逆に蓬莱は聞く。司の神通力は、どんなものなのかを。

「見てればわかるよ、見ることができれば、ね…」

 意味ありげなことを蒐は呟いた。

「さァ斿倭! 黙って突っ立てても始まらないし面白くもない! かかって来いよ!」
「じゃあ、行くぜ……!」

 斿倭は動き出した。その速度は、陸上選手よりも速い。神通力者特有の身体能力の向上が効いているのだ。
 しかし、

「遅いぞ?」

 後ろから声が聞こえたので、斿倭は振り返った。同時に、頬を殴られた。

「な、何! 速い!」

 捉えられない動きではないものの、反応できる速さでもない。

(一瞬、遅れたか!)

 すぐさま反撃に移る。だがこれは空振りに終わる。拳を振り下ろした時、既にその場に司の姿がないのだ。

「遅い遅い! そんなんじゃ、この先が思いやられるぜ?」

 煽ってみせる司。それが効いたのか、

「ここは、使うしかない! 俺の神通力を…!」

 ここで斿倭は決断する。神通力を使うことを。

(見れるか……! 斿倭の神通力! どんな能力なのだ?)

 これには蓬莱も食いつく。

「よし、行くぞ!」

 そう叫んだ瞬間、地が揺れた。

「地震か! まさか!」

 突然の事態に驚き足を止めた司。災害時には戦っている場合ではないのだ。だから一旦、

「揺れが治まるまで待とうぜ、中断だ!」

 と言った。しかし斿倭は止まらない。

「そこだ!」

 斿倭の拳が、司の顎を打ち抜いた。

「うぐふぉっ?」

 思わず揺れる地面に倒れこむ司。

「お、おい……。こんな緊急時に続ける必要なんてないだろ、斿倭!」
「緊急時? 何のことだ?」
「だって地震が………。あ、まさかそれか!」

 今、やっと司は気づいた。斿倭の神通力、それは地震を起こすことなのだ。現にこの時、既に揺れは治まっているし、そもそも学校付近しか地震自体が起きていないのだ。

「……してやられたぜ、これは! だがカラクリがわかればもう怖くはない!」

 強がりながら司は立ち上がった。

「じゃあよ、ここからはもう本気だ! お前には一切余裕を与えないぜ!」

 また動き出す。それもさっきとは比べ物にならないスピードだ。

「くっ! これは……!」

 ここで司の神通力が牙をむき始める。彼は素早く動くことができる神通力の持ち主だ。しかも空気抵抗は一切無視できるので、速さに限界がない。つまり加速し出したら、彼の意思以外では止められなくなるのだ。

「そこか!」

 斿倭はキックをしてみたが、相手は司の残像だった。

(いや、待て! 攻撃してくる瞬間に、反撃だ。どんなに速くても俺に攻撃する必要がある以上、接触するはず! そこを返り討ちに!)

 発想自体はいい。だが、

(そういう作戦は想定済みだぜ? だから俺はこうやって攻撃する!)

 司には通じない。彼は自分の神通力の特徴をちゃんと理解しているので、相手に近づき捕まった時が一番危険とわかっているのだ。そんな司が接触攻撃をするはずがなく、

「ほうらよぉ!」

 腕を大きく振ると、風が起こる。元々の速さに加えて、そこに加わる風圧。

「うおぉ!」

 斿倭の体が浮き上がり、数メートル吹っ飛んだ。

「こんなことまでできるのか!」

 こうなると、長期戦は苦しい。司の神通力では、疲労は一切感じないので、持久戦に持ち込むことは得策ではないのだ。

(ここは短期決戦しかない!)

 誰だって、そう考えるだろう。

(すぐには終わらせないぜ? 勝負はこれから、じっくりと、な!)

 立場の違う司の発想はもちろん逆で、自分の神通力の有利さを活かす戦法だ。
 だが、戦いが長引くことを心地よく思わない人物がもう一人いた。それは蓬莱である。

(もし斿倭が負けたら、私が司と戦わなければいけなくなる、か……)

 面倒なことに巻き込まれたくないと思った彼は、二人の戦いを終わらせることを考えた。その時、彼の足元に蛇が一匹いた。

(ちょうどいい。私の神通力を一瞬使えば……!)

 観戦者の状況などお構いなしに、司は先ほどと同じように風圧で攻撃を仕掛ける。

「う、うぐう!」

 斿倭は神通力を使うことを躊躇った。

(大きな地震を起こせば、司を止めることができるかもしれない。だが! それをしたら、広範囲を危険にさらしてしまう! それは駄目だ!)

 彼の神通力は十分強力そうに聞こえる。しかしその力には当然リスクもある。大きな地震をピンポイントに起こすことは不可能で、学校だけでは収まらなくなってしまうのだ。地域全体、それも千葉県全域が揺れるのは、流石にマズい。

「まだまだぁ!」

 そう考えている間にも、司は攻める。
 しかし、

「うっ?」

 突然、司の足が止まった。

「な、何だ……? どうしたんだ?」

 これには困惑を隠せない司。彼の足は棒立ちになり、ピクリとも動かない。

「今だ!」

 この決定的な瞬間を、斿倭は見逃さなかった。

「くらえ司! 母なる大地の一撃!」

 瞬間、司の真下の地面が、火山が噴火したかのように吹っ飛んだ。

「ぐわららららあああああああ……」

 司の体は十数メートルほど吹っ飛び、そして地面に落ちた。意識はあるが、立てそうにない。

「どうだ、司!」
「く、くそ……。俺の神通力には、デメリットがあったのか? おかしい…」

 負けを認めたが、納得のいっていない顔を司はしている。

「何だ? まだやるのか?」
「いや、もういい…」

 腑に落ちないのは勝敗ではなく、突然足が止まったことだった。

(まるで固まったみたいに、動かなくなった。こんなこと、今までなかったのに…)

 そしてその答えは、蓬莱だけが知っている。

(私の神通力を使って、足元の蛇をコカトリスに変えた! 生物を伝説上の生き物に変えることができる……それが私の神通力! 本来ならば命を落としてもおかしくはないコカトリスの視線だが、この程度の小さな蛇では足を石化させるので精一杯か……)

 一応、司が掲げていた本来の目的は達成できたので、この場は解散となった。


 帰り道のことである。斿倭は蓬莱と一緒に最寄りの駅まで行くことになった。

「まさか、こんな学校だとは思わなかったぜ。蓬莱もそう思わないか?」
「……」

 相変わらずの無言である。

「なあ蓬莱? 俺たち同じタイミングであのクラスに転校してきたんだ。お前も神通力者なんじゃないか?」
「もしそうなら、私と戦うって言うのかい? 司の時と同じように?」

 その返事に、いいや、と斿倭は首を振る。

「やり合う気はないよ。でも知りたいな、蓬莱の神通力! だって、同じ神通力者なんだ。きっと何かの縁があって会えたんだろうぜ! それでその縁が神通力なら、お互いを知るにはそれが一番早い! 他人とわかり合える力が、神通力だと俺は思ってる」

 らしい。

 この時蓬莱は会話の内容そっちのけで、

(斿倭を使えば、私の正体を隠し通せるかもしれないな)

 と、保身を考えていた。ので、

「君に頼みがあるんだが、いいか?」
「おう、何だ?」
「実は私の神通力は、戦いに向いていないんだ。もし明日以降も司のような輩に絡まれたら、私の代わりに戦ってくれないだろうか?」

 図々しい要求だが、

「いいぜ! その時は任せろ!」

 司に勝ったこともあって、即答するほど斿倭の機嫌は良い。

(これでいい。まずは探れるだけ探ろう。そして情報を入手すれば……)

 蓬莱の裏の顔、真の目的に、斿倭は気づかない。想像すらしない。


「潜入は上手くいったか?」

 夜の繁華街を見下ろせるビルの上に一人の少年が立って携帯を耳に当てている。予め断っておくが、彼はそこの住人でも社員でもない。

「簡単です。書類は偽造で、誰も気づいてません。最後まで騙し通せる自信もありますし、バレないと思います」
「良し、いいぞ。そのまま探りを入れてくれ。………と言いたいが、まずは慣れろ」
「と言うと?」
「いいか? お前にはそこの生徒として卒業してもらわないと困る。そうしないと、我ら『黒の理想郷(ブラック・ユートピア)』の存在が他の神通力者に知られてしまうからだ。自然に他人と接せられるように努力しろ」

 この命令に対し、

「他人と友好的な関係を築く意味は、どこにあるのですか? あなたは教えてくれなかったじゃないですか?」
「………言ってくれる。まあ正しいから仕方がないな。そこは適当にできるだろう? クラスの誰かを参考にするといい」
「つまり、誰かに目星を付け、その行動を真似る、ことですね? わかりました、努力してみます」

 会話はまだ続く。

「他に報告することはあるか?」
「あります」

 説明を要求されたので、

「あの学校にはやはり、神通力者が集められています。この目で確かめました。誰がどのような目的で、どんな手段を使っているかは定かではないですし、それを明らかにする任務もありませんが、少なくとも私が編入したクラスは固められています。みながそれを自覚している様子も」
「そうか。それは手ごわそうだな」

 それ以上の感想はないようで、

「最後まで頼むぞ。お前だけが頼りなのだからな」
「わかっています、ディストピア……」

 そう言い、少年…ホウライは電話を切った。
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