五 狙い撃ち

文字数 2,809文字

 十月八日、土曜、午前九時。
 蛇行運転と減加速をくりかえす車が前方に見えた。その車が左へよったすきに、芳川はアクセルを踏んだ。車は急加速して右車線へ移動して前走車を追い抜き、左車線に戻って減速した。案の定、追い抜かれた車があおり運転を始めた。挙句、佐枝と芳川の車の後部に追突した。食いついた!この時のために、バンパーは補強してある・・・。芳川はハザードランプを点滅させて車を減速し、左へ寄せて路側帯の外に停止させた。

 追突した後続車が、佐枝と芳川の車の前に停止した。
「ぶっ殺すぞおっ!てめえ、何だと思ってやがるっ!」
 ドライバーが大きなバールを手にして怒鳴りながら車から降りてきた。最初から暴行する気だったらしい。助手席からもバールを持った男が降りてきた。異変を察知し、後続車は路上に緊急停止したまま一台も動かない。

 芳川が右ドアガラスのスイッチを押してシートを倒し、身を後方へ反らせた。同時に、佐枝が助手席から運転席の窓外に狙いを定めて、連射型人工骨弾丸発射装置のトリガーを引いた。
 ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッと音が連続して、バールを振りあげて殴りかかったドライバーの両拳に穴があき、バールが路面に落ちてグォンッと鈍い音が響いた。男の両膝にも穴があいて、男か跪いて動けなくなった。男が懇願するような目付きで口を開いて何か喚こうとした瞬間、ブシュッと音がして男の眉間に穴があいた。男はその場に座ったまま、がっくり頭をたれた。芳川がドアガラスを降ろして三秒ほどの事だった。

 追突した車の助手席から降りた男がバールを捨てて、慌てて車の運転席に戻った。瞬時に、芳川が車を発進し、追突した車の右側に移動して左ドアガラスを降ろした。すかさず、佐枝は運転席の男の側頭部を狙って、連射型人工骨弾丸発射装置のトリガーを引いた。
 ブシュッ、ブシュッ、ブシュッと音がして、男が座る車の運転席ドアガラスに穴があいた。男の頭が左へ倒れている。
 芳川の車はフロントを除き、全てスモークガラスだ。内部は見えない。ナンバーは自動的にカバーが覆うようになっていてナンバーは見えない。そして死人に口無しだ。芳川が車を急発進させた。後続車は停止したまま一台も発進しなかった。


『番組の途中ですが、事故のニュースをお知らせします。
 本日午前九時すぎ。東京外環自動車道内回線、幸魂大橋上、和光北JCと戸田東JC間で事故があり、現在、同区間が三十キロに速度規制されています。
 速度規制解除は午後一時の予定です』

 走行車線から路側帯にかけて停止した車のカーステレオから緊急放送が流れている。
 運転席側のドアガラスに穴があき、運転席のドライバーが右側頭部から血を流して助手席側へ倒れている。
 その車の後方右側の路上に、男が跪いたまま頭をたれて死んでいる。男の両手両膝と眉間から血が流れ、男のそばに大型のバールが落ちていた。大型のバールは男と車の間にも落ちていた。
「バールの指紋を採取しろ」
 鑑識長が鑑識官に指示した。
「はい」
 鑑識官は二本のバールから指紋を採取した。
 路上に跪いて頭をたれたまま死んでいる男は、両手両膝と眉間から血を流している。男の傷を見て、もう一人の鑑識官が言う。
「何かに突き刺されたような傷ですね・・・」
「こっちも、突き刺したようだな・・・」
 鑑識長が車の運転席のドアガラスの穴を見ている。
 停止車両は東京外環自動車道内回線、幸魂大橋手前まで、何台もの車にあおり運転していたが、その後、九時から十時すぎまで一時間以上、東京外環自動車道の監視映像が消えていた。

 二〇二二年十月八日土曜、午前九時。
 東京外環自動車道内回線、幸魂大橋上、和光北JCと戸田東JC間。
 二名死亡。
 一名の損傷部位
  前頭部から頭蓋内部に損傷。両手と両膝に貫通損傷。
  直径六ミリメートルの物で突き刺されたと思われる。
 一名の損傷部位
  右側頭部から頭蓋内部に損傷。
  直径六ミリメートルの物で突き刺されと思われる。
 死因
  両名とも頭蓋内部損傷により即死。
 監視映像無し。遺留品無し。凶器不明。犯人の目撃者無し。車両ナンバー不明。

 事件を担当するの戸田刑事は調書の項目を確認した。これでは調べようがない・・・。
 戸田刑事の脳裡に何も思い浮ばなかった。


 十月八日、土曜。正午すぎ。
 関越道下線のパーキングエリアの隅に、右ハンドルの明らかにレーサー仕様の改造車とわかる車が車体右側をパーキングエリアのツゲの植え込みに接近したまま停止している。
 植え込みの反対側に、右側を植え込みに接して車が停止し、右ドアガラスが降りた。同時に、数回、こもった音がした。


 十月八日土曜、午後。
 佐枝はシャワーコックを開いて全身に熱いシャワーを浴び、熱い湯の入ったバスタブに浸かった。疲れて強ばっていた節々が暖まり、四肢の動きが可動域を増してゆく。
 バスタブから出てシャワーを浴び、シャンプーで髪を洗って、ボディーシャンプーで身体を洗った。胸と下腹部に手を触れ、そっとやさしく撫でてゆく。
『佐枝、身をもって、全て贖わせた・・・。お前を陵辱した八人全てを始末した・・・』
 髪と身体の泡とともに、義妹、佐枝の全ての記憶が流れてゆくのが佐枝はわかった。佐枝はしばらく身体を洗い、シャワーを浴びた。
 シャワーコックを閉じて、ふたたびバスタブに浸かった。手足の指を動く限界まで動かして、手首足首、肘、膝を動かし、腕と脚の緊張を解きほぐした。
『佐枝、これで、戻れるね・・・』
 同姓同名の義妹を思いながら、佐枝はバスルームから出た。

 脱衣室で身体を拭いて、髪に大きめのフェイスタオルを巻いてバスローブにを身を包み、ダイニングキッチンへ移動した。
「コーヒー、飲めるよ」
「ありがとう」
 入れ代りに芳川が脱衣室に入った。
 佐枝は芳川がいれたパーコレーターのコーヒーをカップに注いで一口飲んで、ダイニングテーブルにある発射装置二丁を見つめた。指示に従って、指定された連射型人工骨弾丸発射装置で佐枝の標的三名を始末した。これで、次の標的始末の依頼を正式に受けたことになった。佐枝はその旨を亜紀に報告しなかった。結果は報道で知れるからだ。


 十月十日月曜、午前十時。
 関越道下線のパーキングエリアの隅に、改造車が車体右側をパーキングエリアのツゲの植え込みに接近したまま停止している。右ハンドルの車がこうして停車しているのは不自然だ。すでに、この車が停車してから二日がすぎている。フロントガラスを除いて窓ガラスは全てスモークガラスだ。パーキングエリアの係員がフロントから内部を見ると右側ドアガラスに穴があいて、ドライバーの右側頭部から流れた血が乾いていた。
 通報を受けて高速道路交通警察隊が急行した。この車がパーキングエリアに駐車して高速道路交通警察隊が急行するまでの間、監視映像に異変は何も記録されていなかった。
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