九 銃撃戦

文字数 5,692文字

 十一月二十七日、日曜、正午前。
 与田は長野中央署を出た。周囲に不審な車も人もいない。与田はタクシーを拾い、十分ほどで吉田五丁目のパソコンショップ付近に着いた。与田はタクシーを降りて、規制線の黄色テープが貼られたパソコンショップに近づいた。

 店舗前に駐車したパトカーに警官が二人いた。与田がパトカーに近づくとドアが開いて、警官の一人がパトカーを降りた。
「与田さんですね。私は巡査の下山誠です。パトカーにいるのは寺下涼太です。
 間霜警部補から指示されてます。中へどうぞ」
 下山巡査は、与田が名乗る前に店舗の従業員用入口へ案内した。
「ありがとう。下山巡査も中に入るだろう?」
「はい。捜査に立ち合うよう指示されてます。何を調べますか?」
「昨日の捜査で見つけなかった物を探す。
 下山巡査は死亡した阿久津について間霜刑事からどこまで聞いてる?」
 与田は話しながら、間霜刑事から預かった鍵でドアを開錠して店舗に入った。
「ここが始末屋の事務所だと聞いてます。表の家業がパソコンショップだったと」
「ずいぶん正直に言うじゃないか?」

「与田さんが内調の捜査官だから、質問されたら何でも正直に答えて、与田さんの指示に従うように命じられています」
 下山巡査の話を聞いて、与田は、妙だ?と思った。俺は間霜刑事に内調の人間だと話したが捜査官だとは話していない。なぜ、下山巡査は、俺が捜査官だと知っている?今は、素知らぬ振りをしておこう・・・。
「間霜刑事も気を使ったか・・・。そしたら、この店が他のチェーン店に連絡していた証拠を見つけてくれ。ゴム手を持ってるか?」
 与田はポケットからゴム手袋を出して手に装着した。
「はい。持ってます」
 下山巡査も制服のポケットからゴム手袋を出して装着している。
「では、よろしく頼む」
「はい!」
 与田と下山巡査は手がかりになる物を探した。

 書類やメモ、パソコンと通信機器も、展示商品から在庫、修理中の物まで長野中央署に押収されたため、店舗に何も残っていなかった。
「私も、昨日の捜査に加わってました。全てを押収したのを確認しました。
 あとは、どこかに隠されているのを探すしかないですね・・・」
 下山巡査はレジ机の引出しを抜いて、その奥に何か隠されていないか確認している。
 与田も机の引出しや戸棚の奥に、物を隠しておく空間を探した。

 昨日の押収物に、他のパソコンチェーンに連絡した記録があれば、仲間を消された報復で、阿久津が俺を消そうとしていたと考えられる。そして間霜刑事は、俺がその系列の始末屋に襲われるのを黙って見てはいない・・・。それとも、俺には何も知らせず、俺を餌にして、他の始末屋を誘い出して逮捕するだろうか・・・。
 あの二つの手紙から判断して、今のところ、宮塚主幹と木村巧内閣情報官は、成田主幹が指示していた一連の始末を知らないらしい・・・。少なくても宮塚主幹と木村内閣情報官が依頼した二つの組織、多ければ、死亡した阿久津裕が依頼したパソコンチェーン店系列の始末屋を含めた三つの組織が、俺を始末しようとしている・・・。いずれにしても、最悪の場合を想定しておこう・・・。
 そう思いながら与田は店舗から、製品保管倉庫のように広い住居部分へ移動した。

 本棚にIT関係の本があった。ガンマニアらしく銃など武器関係の本もあった。そして思わぬ物、聖書があった。旧約聖書なら物語として与田も読んだことがあるが、聖書は一度も開いたことがない。与田はホテルの部屋に聖書があったのを思いだした。
 依頼されれば自分の身内さえ始末するヤツラだ。始末屋が自分の罪を悔いて祈ったとは思えない。始末した者たちの冥福を祈ったとも思えない。この部屋に聖書があるのは不自然だ。ということは・・・。

「何かありましたか?」
 下山巡査は与田が手にしている聖書を見ている。
「この本棚でこれだけが異質だ・・・」
 与田は聖書の表紙を開いた。変った所はない。さらにページを開いてゆくとページを綴った部分に近いページ下側が窪んでいる。そのページを開くと、そこはページがくり抜かれて、USBメモリーが入っていた。
「やりましたね!」
 下山巡査が興奮している。
「セキュリティー保護されていなければいいが・・・」
 与田は自分のショルダーバッグからタブレットパソコンを出してUSBメモリーを装着した。ごくありきたりのエクセルのファイルでセキュリティー保護されていなかった。

「修理の依頼と修理完了の記録ですね。
 全てこの店舗でこなしてたんですね。チェーン店間での仕事の依頼はないみたいです。
 修理代金は5000から10000の間か・・・。ずいぶん良心的な値段ですね・・・」
 下山巡査はこのパソコンショップは良心的なサービスをしていたと感心している。
「・・・だけど、妙ですね。なんでUSBメモリーがこんな所に隠されてたんでしょう?
 聖書の中に隠していたんだから、かなり重要な物なんでしょうね」
 下山巡査はタブレットパソコンのディスプレイを見て考えこんでいる。

 この巡査、バカではなさそうだ・・・。与田はそう感じた。
「他に、この部屋には異質と思える物を捜してくれ・・・」
「わかりました。これ、金額の単位が千単位で、修理するパソコンが始末の対象で、修理依頼者が依頼者、なんて事がありますかね・・・」
「プロの始末屋だったから、それも有りだな。もしそうなら、標的の顔くらい残ってるはずだが、このメモリーには修理の記録だけだ」
 この巡査、この記録に関して詳しすぎる。有能なのか?それとも他意があるのか?そう思いながら、与田はタブレットパソコンのディスプレイに現れたページを先へ進めた。記録は修理に関する物だけだった。依頼者の住所だけで標的を確認したとは思えない。住所は標的の住所か・・・。このメモリーは間霜刑事に渡して調べてもらおう・・・。そう思いながら、与田は室内を見まわして異質と思える物を捜した。

 本棚の右隣りに大型冷蔵庫がある。さらに冷蔵庫の右には壁があり、その隣の部屋はキッチンだ。この店舗の住居部に二段ベッドと一人用のベッドがある。実際に何人が住んでいたかわからない。それにしててもキッチンに納まらない大型冷蔵庫は何のためだ・・・。
「冷蔵庫の裏を見てないな。手伝ってくれ・・・」
 与田は壁と本棚の間にある冷蔵庫が置かれた位置を確認してそう言い、ショルダーバッグにタブレットパソコンと聖書とUSBメモリーを入れて、ショルダーバッグを部屋のテーブルに置いた。

 与田は下山巡査とともに冷蔵庫を手前に動かした。冷蔵庫が壁から離れたその時、下山巡査が冷蔵庫の裏からオートマチックの拳銃を取りだして与田に銃口を向けた。
「こんな物がありました・・・」
 しまった!この巡査も阿久津たちの始末屋か!与田はそう思ったが、おちついて本棚の銃や武器関係の本を顎で示した。
「阿久津はガンマニアだったらしいから、モデルガンが冷蔵庫の裏に落ちたんだろう」
「こんな物もありますよ・・・」
 下山巡査はサイレンサー付きのオートマチックを取りだして与田に銃口を向けた。
「モデルガンだろう・・・」
 与田はそう言って右手でジャケットの左胸にあるボールペン型発射装置を取った。
「本物みたいですよ・・・」
 下山巡査はオートマチックのトリガーを引いた。鈍い音とともに銃弾が与田の肩をかすめて、冷蔵庫の向い側の壁に穴があいた。
 瞬時に与田は冷蔵庫に突進して冷蔵庫を倒した。下山巡査は倒れた冷蔵庫と壁に挟まれて、冷蔵庫の下になったまま銃を乱射している。
 与田は倒れた冷蔵庫の上に乗った。冷蔵庫は大型だ。下山巡査がどんなに腕を伸ばしても。冷蔵庫に乗った与田に銃口を向けられない。下山巡査が乱射しているうちに、オートマチックの弾が切れた。
 与田は冷蔵庫の上で何度もジャンプした。冷蔵庫の下から呻きが聞えていたが、与田が何度もジャンプすると、何かが折れる鈍い音がして、下山巡査の呻きが消えた。

 与田は手にしているボールペ型の発射装置を胸ポケットに戻して、ポケットのスマホを取って録音モードにし、間霜刑事に連絡した。
「始末屋がいた!間霜刑事!大至急、パソコンショップに来てくれ!
 店舗を監視してるパトカーの警官に、俺の捜査を手伝え、と命じたか?」
「店舗の監視は誰にも指示していません!
 店舗は厳重に閉じまりしました。与田さんに鍵を渡したのはそのためです。
 すぐ、そっちへ行きます!」
「鍵を持っていなかったこの巡査は、内調が雇った始末屋だ!
 外のパトカーに一人いる。捕まえてくれ!」
「与田さんは店舗の中ですか?!」
「店舗内で一人に襲われたが、肋骨を折ってやった。生死は不明だ!」
「もう一人に襲われる可能性は?」
「大いにある!。阿久津はガンマニアを装って本物を所持していた。
 俺を襲った巡査はそのサイレンサーでオレを撃った!
 外にいる巡査が襲ったら、ここにある銃で応戦する。承知してくれ!」
「わかりました。もう一人を逃がさないようにしてください!」
「了解した!」と与田が答えたその時、銃弾が与田の首をかすめて 鈍い発射音が聞えた。瞬時に与田は冷蔵庫の陰に身を潜めた。

 冷蔵庫の下に下山巡査がいる。首筋に指を触れると脈はない。与田は冷蔵庫の陰から部屋の入口を見た。店舗から住居部に入るドアは開いている。その入口に靴が見える。姿は見えない。与田は冷蔵庫のそばに落ちている22口径ベレッタM87サイレンサー(装弾数七+一発)を手にとった。マガジンを確認した。銃弾は入っている。
 与田はもう一度、ドアを確認した。やはり入口に靴が見える。警察仕様の半長靴の安全靴ではない。特集工作用の半長靴らしい。ただちに与田は右手に握ったベレッタM87サイレンサーで二度、男の左の靴を撃った。
「ウオッ!」
 巡査の男がその場に転がった。すかさず与田は男の左太腿を撃った。

 男は冷蔵庫に隠れている与田を狙って三度撃った。いずれの銃弾も冷蔵庫に斜めに当たってめり込んでいるが貫通はしていない。かなり丈夫な冷蔵庫だ。まるで銃撃戦を想定して準備していたかのようだ。
 与田は左手で、冷蔵庫の下敷きになっている下山巡査の手からベレッタM84サイレンサー(装弾数十三+一発)を取って、足から靴を脱がせた。その靴を冷蔵庫のそばに置くと、ドア付近で倒れている男に下山巡査の靴先が見えるよう、左手で握っているベレッタM84のサイレンサー部分で靴の踵を少しずつ押した。

 靴の爪先が冷蔵庫の陰から出た。さらに靴の踵を押すと、靴の先が冷蔵庫の陰から出た。その瞬間、男が三度、靴を撃った。男は動けない。まだ弾切れではない。予備のマガジンを持っているだろう・・・。
 与田はベレッタM84サイレンサーのマガジンを入れ換えた。下山巡査の制帽を取って、ドア付近で倒れているだろう男めがけて制帽を投げた。同時に、男のサイレンサー発射音を聞きながら、与田は相撃ち覚悟で、冷蔵庫の陰から立ちあがって両手に持った銃で男を撃った。

 男の撃った銃弾が与田の肩をかすめて頬をかすめた。与田の撃った銃弾が男の右太腿と右膝を撃ちぬいた。男の銃は弾切れになり、男の手から離れた。ベレッタM84サイレンサーだった。
 与田は、冷蔵の下敷きになっている下山巡査と倒れた男からベルトを取って、男の両太腿をきつく縛って止血した。ポケットのスマホは録音モードになったままだ。
「誰に雇われた。言え!死にたくなかったら、早く言え!言わぬなら、こうだ!」
 与田は男が使っていたベレッタM84のサイレンサー部分を男の左太腿の銃創に突き刺して錐揉みした。銃のサイレンサー部は銃弾を発射して焼けている。その焼けたサイレンサー部が銃創部にめり込んでジューッと音をたてている。
「ギャアァァァァッ・・・」
 男が悲鳴をあげた。
「焼けたサイレンサーはまだある。銃創を焼けば、血止めになるさ。誰に雇われた?」
「・・・」
 与田は自分が使っていたベレッタM84のサイレンサー部を男の右太腿の銃創にあてた。
「ウッゥゥゥ・・・内調の宮塚主幹だ・・・」

「ホテル・ナガノのフロントに封書を届けたのは誰だ?」
 与田はさらに焼けたサイレンサー部を銃創部へめり込ませた。
「ウッゥゥゥ・・・阿久津だ。木村内閣情報官の指示らしい・・・」
「お前、どこの組織だ?」
「・・・」
 与田は二丁のベレッタM84のサイレンサー部を銃創に差しこんで錐揉みした。
「ギャアァァァァァッ・・・。
 わかった。全て話す。このパソコンショップチェーンの松本支部だ」
「阿久津の仲間が、なんで阿久津の始末記録を捜す?」
「組織は横の繋がりはない。組織の安全のためだ。
 仕事をしくじった組織に対し、内調は他の下部組織にあらたな指令を出す・・・」
「どんな指令だ?」
「過去の始末の証拠隠滅とアンタを始末することだ・・・」
「そうか・・・」
 与田は銃創に差しこんだサイレンサーを思いきり錐揉みした。
「ギャアアァッ・・・・」

「もう一度、訊く!本当のことを言え!お前たちの組織と内調の関係は何だ?」
「我々は内調の下部組織だ」
 与田は、始末屋組織が内調の下部組織とは知らなかった。始末を専門にしている単なる下請けと思っていた。
「俺の部屋に封書を入れたのは、誰の仕業だ?」
「俺たちだ。宮塚主幹の指示で動いた」
「この長野県にいくつ組織がある?」
「長野と松本の二つだ」

「そうか。よく話してくれたな・・・」
 与田は両脚の太腿部を止血しているベルトを緩めた。
「血を止めてくれ・・・」
 与田はスマホの録音を止めた。
「ああ、止めてやる。県警内にいる仲間は誰だ?」
「俺のチームは林巡査部長だ。アンタの始末を断ったから、俺たちが女房子どもを始末した・・・」
「県警内に、他にも仲間がいるのか?」
「いるが、俺は知らない・・・」
「そうか・・・」
 やはり、そうだろうな、と与田は思った。
「・・・・」
 男は何も話さなくなった。パトカーのサイレンの音が聞えてきた。
 与田は男の両太腿のベルトをきつく締めなおした。
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