五 協力

文字数 2,441文字

 十一月二十六日、土曜、午前九時すぎ。
「今朝、四時すぎ、長野駅前のホテルの五階から、阿久津裕さんが転落して死亡しました。警察の発表によりますと阿久津さんはカメラで駅前の・・・」
 長野駅東口に近い佐枝のマンションで、TVニュースがホテル・ナガノの事故死を報道している。

 佐枝はソファーから立って、芳川が朝食を調理しているキッチンへ行った。
「ホテル・ナガノで転落死だ。事故じゃないな・・・」
「与田が始末屋に襲われて、始末屋が返り討ちにあったんだろう」
 そう言いながら芳川はスクランブルエッグを作って、事前に炒めたニラ豚炒めをスクランブルエッグに入れた。芳川はこの炒め物をトーストにのせて食べるのが好きだ。
「与田に協力して、始末屋を消すか?」
 昨夜、カウンター内にいた佐枝は、与田がクラブ・リンドウに現れた時から窓とドアのガラス越しに、同じ人影が何度もクラブ・リンドウの前を行き来するのを確認している。
 いずれ、こっちにも始末屋が現れる・・・。しかし、じかに与田と話すわけにはゆかない。与田は監視されている・・・。
「協力するかどうかは、佐枝さんに任せる」
 佐枝さんは他人と協力する気はない。やれることを自分でする・・・。芳川はダイニングテーブルにニラ豚スクランブルエッグの皿を置いてトーストを焼き、パーコレーターでコーヒーをいれた。

「私たちが消される前に、私たちで内調の関係者と始末屋を始末する。情報を集めよう」
 佐枝がダイニングテーブルに着いた。与田に差しむけられた始末屋は消されたが、与田はまだ監視されている。その事に気づいているから、今後、与田は私たちに接近しないだろう・・・。おそらく、与田は単独で宮塚主幹の動きを探って、関係者を始末するために動くだろうが、いずれ身動きがとれなくなる・・・。
「阿久津は、鐘尾を始末した始末屋のメンバーだろう。これでパソコンショップの始末屋は、全員が消えたのか?」
 芳川が、焼きあがったトーストを皿にのせてテーブルに置いた。
「あのパソコンショップはチェーン店だ。長野店だけが始末屋なのか、チェーンの全店が始末屋なのか不明だよ。与田なら状況を知っているはずだ・・・」
 佐枝はトーストにニラ豚スクランブルエッグをのせて口に入れた。やはり、与田に連絡をとらなければならない・・・。
「それなら、直接、内調から聞けばいい。前回、聞いたように」
 芳川はパーコレーターのコーヒーをカップに注いで佐枝の前に置いた。内調の通信機器のハッキングを考えて笑みを浮かべている。いよいよ出動開始だ・・・。

 十一月二十六日、土曜、午前十時すぎ。
 ホテル・ナガノの与田は電話で起こされた。
「間霜です。寝不足のところすみません。これから阿久津のパソコンショップを家宅捜査します。与田さんも同行して協力してください」
「すまない。今起きたばかりだ・・・」
 与田はベッドから出た。この客室は昨夜宿泊していた客室の隣だ。
「現場検証がすんだのが六時すぎでしたからね。
 朝飯にハンバーガーを用意しました。ぜひ同行してください」
 与田は窓から下の車道を見た。ホテル・ナガノの前の車道に、紺色の車が停まっている。
「わかった。十五分ほど待ってくれ。ホテルの前の車にいるのか?」
「そうです。待ってます」
「ではのちほど」
 与田は電話を切ってトイレに入った。

 十五分後。与田は間霜刑事の車に乗った。
「家宅捜査の目的はなんだ?」
「阿久津が何の目的で与田さんを襲ったか、動機の調査です。朝飯です。どうぞ」
 間霜刑事は与田に、ハンバーガーの紙袋を渡した。
「間霜刑事は、朝飯を食ったのか?」
「私もまだなんですよ。四つありますから、二つずつ食べましょう」
 間霜刑事は与田に渡した紙袋に手を入れて、ハンバーガーを取りだした。
「では、遠慮なくいただく。すまないな・・・」
 家宅捜査で、阿久津が内調の下請けをしていた証拠が出るとまずいことになる・・・。
 与田はそう思いながらハンバーガーを取りだして口へ運んだ。

 二十分ほどで吉田五丁目のパソコンショップに着いた。与田は何も言わずに間霜刑事の捜査に立ち合った。パソコンショップの店舗からも住居部からも、阿久津が内調の下請けをしていた証拠は出てこなかった。間霜刑事ががっかりしたように言った。
「想像していたとおりです」
「どういうことだ?」
 間霜刑事は俺を探ろうとしている・・・。与田はそう思った。
「十一月三日朝。善光寺雲上殿下の道路の車内で、パソコンショップの人間が死亡した。車は与党長野県支部の前支部長鐘尾盛輝宅を監視できる位置に停車していた。
 同日午後。鐘尾と家族が。親族木村信一の葬儀会場の駐車場で死亡した。木村信一は、十一月二日水曜に、高速道路で不審死している。
 同日午後。木村信一の葬儀会場の駐車場で、このパソコンショップの人間が死亡した。
そして、翌日十一月四日。与田さんが前支部長の鐘尾を確認に現れた。
 与田さん。ほんとうの事を話してください」
 そう言って間霜刑事はまじめな顔で与田を見ている。

「上からの指示で、前支部長の鐘尾の死亡を確認しただけだ」
 与田は事実の一部を話した。
「鐘尾は、与党長野県支部の情報提供者だったんですか?」
「俺にはわからん」
「今回の阿久津の調査は?」
「阿久津の死亡現場で話したように、死亡した鐘尾を確認した現場で、阿久津も遺体の確認に来ていた。気になって阿久津を調べようと思ってた」
 与田はそれ以上説明しなかった。
「そうですか・・・」
 噂になっている内調の裏の仕事が事実なら、パソコンショップが裏の仕事を請け負っていた可能性が高い。鐘尾はパソコンショップの人間に始末されて、仕事を完了したパソコンショップの人間が口封じされた。与田は誰が口封じしたか調査している。誰がパソコンショップの人間を始末したか、与田を通じて調べたいが内調が絡んでる。これ以上立ち入ると自分の身に何が起るかわからない・・・。間霜刑事はそれ以上質問しなかった。
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