三 警告

文字数 1,493文字

 十一月二十六日、土曜、午前〇時すぎ。
 与田は長野駅に隣接したホテル・ナガノに入った。
「与田様。封書が届いています」
 フロント係員が与田に封書を渡した。与田は内閣府の与田として何度もこのホテルを使っている。与田は封書の裏を見た。差出人の名はない。
「これを届けたのはどんな人だった?」
「紺のスーツを着た会社員風の男の人でした。特に特徴はありませんが、左の頬に少し窪みのようなヘコミとその上に小指の先ほどの染みがありました。
 防犯のため、ここの照明は顔の凹凸や染みがはっきり出ますので。
 よろしければ、監視映像をごらんください」
 フロント係員はただちに警備員を呼んだ。
 
 与田は、長野に来ていることは誰にも話していない。持っているスマホも自分専用で、内調で支給された物はいっさい身につけていない。誰が俺を尾行していた?宮塚主幹か?そう考える与田を、「こちらにどうぞ」と言って警備員が警備管理室に案内した。
 警備管理室で警備員が監視映像を早送りして監視映像を止めた。「この人ですね」と言って封書をフロント係員に渡す男の顔を拡大している。与田は男の顔に覚えがあった。

 十一月三日。与党長野県支部前支部長の鐘尾盛輝と妻の昌代、部下の剛田毅、前任の主幹が手配していた下請けの始末屋二人、計五人が死亡した。
 その翌日、十一月四日、金曜、夕刻。与田は金尾盛輝死亡調査の名目で長野に来ていた。実際は十一月三日に、長野市内で死亡した下請けの始末屋二人の確認だった。
 映像の男は、あの時、長野中央署で見た男だ・・・。
「ありがとう。参考になったよ」
 与田は警備員に礼を言って警備管理室を出た。

 午前一時前。
 与田は客室に入って封書を開いた。中から手紙を取りだして見ると、
『始末されたくなかったら、後藤総理の死亡原因を調査して、関係者を始末しろ』
とある。手紙は宮塚主幹の指示だ・・・。封書を届けた監視映像の男の身元は不明だが、長野中央署で始末屋二人の遺体を確認をしていた男にまちがいない・・・。
 あの男、始末屋二人の死亡をどこで知った?あの男は地元長野の始末屋だ。始末屋二人が消されて始末屋自体が解散したと思ったが、まだ始末屋が残っていた。後継者だろうか?消された始末屋たちはパソコンショップを経営していたな・・・・。与田はショルダーバッグからタブレットパソコンを取りだして、下請けの始末屋が経営していたパソコンショップが今も営業しているか、確認しようと思った。

 このタブレットのセキュリティーは、下請けがハッキングできなかった芳川と佐枝たちのセキュリティーほど強固ではない。現在パソコンショップを経営している者が始末屋の関係者なら、俺がタブレットでパソコンショップを調べたら、俺が調べているのがわかって、手紙の指示に反したと判断され、俺が始末される。どうせ調べるならスマホを使った方が一般的だ。しかし、午前一時だ。不審に思われるにちがいない・・・。あのパソコンショップの始末屋はITに長けていた。下請けの関係者がいるなら、俺のスマホやタブレットは追跡されているはずだ。それなら、日中、店を覗いてみるか・・・。腹が減った。近くに二十四時間営業の店があったな・・・。
 
 与田は財布とスマホを持って客室を出ようとして思い留まった。ベッドの上掛けと毛布をよけて、与田がそこで眠っているようにバスローブやバスタオルで人型を作り、毛布と上掛けでその上を覆った。そして、ショルダーバッグからいつも持ち歩いているスポーツウェアとウィンドブレーカー、スニーカーを出して着換え、貴重品が詰ったウエストバッグを持って客室を出た。
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