十七 遺言

文字数 484文字

 八月上旬。
 芳川は後楽園ホールで行われた格闘技戦のリングにいた。
 ゴングとともに、対戦相手とグラブを合せた芳川は、一瞬身を後退させるといっきに相手のみぞおちへ前蹴りを入れた。秒殺だった。
 リングサイドで試合を観戦している佐枝のスマホから、メールの着信音が聞えた。メールを見ると、故人鷹野良平の遺言に関する、亜紀からの詳細な説明があった。
 リングから下りてきた芳川が通路へ歩くと、佐枝は席を立って芳川のあとを追った。

 生前、鷹野良平はある筋を通じて、娘婿、鷹野秀人が犯した婦女暴行事件を調べていた。そして、自分に危険が迫るのを承知で婦女暴行の加害者たちを調べて、彼らががどうなるべきか、鷹野良平なりの結論を遺言にして亜紀に伝えていた。

 八月中旬。
 前橋市のアーケード街の弁天通に、クラブ・グレースがある。
 佐枝はグレースのバーカウンターの中にいた。
 芳川はフロアマネージャーとして働いている。
 長野のクラブ・リンドウの亜紀が、故人鷹野良平の遺言から、その筋を通じて、ふたりにクラブ・グレースの仕事を斡旋したのは、クラブ・グレースの経営者、高橋智江子ママも知らなかった。
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