二十 四ッ谷署

文字数 2,080文字

 九月二十二日、水曜。
 四ッ谷署の刑事課で、朝のテレビニュースが、
『九月二十一日、火曜、午後、榛名湖の北西岸に近い湖底から車が引きあげられた』
 と報じた。車内から前橋市岩神町在住の会社員、山田吉昌二十六歳の遺体が発見され、死亡推定時刻は、九月十九日、日曜未明。死因は、泥酔により運転操作を誤って車が道路から湖に落ちたためと判断された。

 四ッ谷署の神田刑事は山田吉昌の事故死が気になり、群馬県警に問い合せて死因と身元を確認した。
 死亡したのは会社員の山田吉昌、二十六歳、帝都体大卒だ。
 昨年二〇二〇年、五月十五日金曜に、四ッ谷駅で泥酔のため、線路に転落して轢断された大山仁と同期だった。

 神田刑事は二人の共通点、帝都体大卒が気になった。
 大山仁と山田吉昌の同期の帝都体大卒業生に、同じような泥酔による事故死がないか調べると、長野市で似たような急性アルコール中毒による事故死があった。

 二〇二一年、七月十八日、日曜未明。長野市で会社員が二人、急性アルコール中毒による心不全で死亡した。死亡したのは会社員の金田太市と香野肇二十六歳。帝都体大卒だ。長野県警の判断は事故死だった。
 同じような急性アルコール中毒による事故死は他にもあった。飲酒運転による死亡事故と、急性アルコール中毒による心不全の事故死だ。
 二〇二一年、七月一日、木曜未明。鷹野秀人(旧姓野田秀人)二十六歳、帝都体大中退が、飲酒運転で死亡した。
 二〇二一年、七月七日、水曜未明。鷹野秀人の義父鷹野良平六十七歳が、急性アルコール中毒による心不全で死亡した。

 神田刑事は死亡した大山仁、金田太市、香野肇、山田吉昌の帝都体大卒と、鷹野秀人(旧姓野田秀人)帝都体大中退が気になって、五人に共通点がないか調べた。
 五人は大学でスキー部に所属し、鷹野秀人を除く四人は会社でもスキー部に所属していた。そして五人は他の三人とともに大学在学中、札幌市で婦女暴行事件を起こしていた。
 主犯の鷹野秀人(旧姓野田秀人)は特に悪質だっため、懲役三年を科せられて大学を中退して服役した。他は起訴猶予になった。
 被害者は帝都体大の後輩で、事件の影響により現在も精神病棟に入院し、快復の見込みはない。被害者の名は木村佐枝、現在二十三歳だ。

 神田刑事の報告を聞いて、渋谷警部は沈黙した。
 しばらくすると神田刑事が渋谷警部に訊いた。
「係長。どう思います?」
「何のことだ?」
「五人の事故死ですよ!全員の共通点があるでしょう?」
「大山仁の死因に不自然な所があったか?それを立証できるか?
 俺もお前と同じに不審に思ってた。今もそうだ。だが、殺しを立証はできなかった。
 群馬県警も長野県警も、考えてる事は同じはずだ・・・・」
「プロの犯行ですか?」
「そうだろうな。婦女暴行の被害者に訊いても、何もわからんだろう。
 いいか。よけいな事はするな。命令だ。破ったら派出所勤務に降格させるか首だぞ!」
 渋谷警部は神田刑事の態度に苛ついた。どう表現していいかわからない腹立たしさが渋谷警部の心に湧いた。それは犯罪者を捕まえようとか、犯罪を防止しようという気持ちではない。犯罪を犯した者の人権保護を謳い文句にして、被害者を見捨てている現在の法律に対する怒りだ。起訴猶予などと言って犯罪者を野放しにしている司法への腹立たしさであり怒りだ・・・。

「被害者に連絡しません。その代り、死亡した者たちが関与した婦女暴行事件を調べていいですか?」
 神田刑事がそう言うと、渋谷警部は神田刑事が何をしたいかわかった。
「暴行事件の加害者の残り三人を見つける気か?」
「はい・・・」
「やめろ!今、追っている事件を優先しろ!」
 現在、渋谷警部と神田刑事は所轄内の暴行殺人事件を捜査している。
「わかりました・・・」
 神田刑事は自分の机に戻った。

 わかりました、という神田刑事の声を聞いて、渋谷警部は安堵している自分に気づいた。
 この気持ちはなんだ?俺は婦女暴行の加害者が抹殺されるのを望んでいるのか?
 渋谷警部の頬にふっと笑みが浮んだ。
 そうだな。俺はそう望んでる・・・。婦女暴行の加害者は罰を受ければ罪が消えたように思っているが、被害者にはいつまでも被害の記憶が残る。加害者が社会でのうのうと生きていればなおさらだ。加害者がこの世から消えれば、少しは被害者の心が晴れるかも知れない・・・。
 そんな事を考える渋谷警部は、いつのまにか神田刑事の考えを思いかえしていた。
 婦女暴行事件の加害者全員を調べて、生きている者を監視すれば、次に誰が殺されるか推測できる。そのために詳しい資料が必要だ・・・。
 婦女暴行事件の真相は北海道警に問い合せなければならない。協力を仰げば、四ッ谷署だけで動いているのが明るみに出る。道警から警視庁に問い合せが来たら、俺は上層部へ何と説明する?上層部は、俺が神田に話した事をそのまま俺に突きつけるだけだ。
 都内で次の被害者が出るだろうか?神田にああ言った手前、その時まで、この件は棚上げにしよう・・・。
 渋谷警部は、現在追っている暴行殺人事件へ気持ちを切り換えた。
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