十八 あの世へ皇居ラン

文字数 1,368文字

 十一月七日、月曜。
 早朝の天気予報が小春日和になると伝えた。
 午前七時すぎ。
 後藤総理の皇居ラン一行は桜田門をスタートした。総理のランニングを取材する報道陣が間隔をとって伴走している。
 地下鉄東西線の竹橋駅入口付近にトイレがあり、ここは広場になっている。ここにも、これからランニングを始める人々とともに、総理のランニングを取材する報道陣がいる。

 後藤総理一行が走ってきた。この竹橋駅入口付近の広場に近づくと、報道陣がいっせいにカメラのシャッターを切った。TVカメラも総理のランニングを撮影している。
 総理が報道陣に手をふりながら、一行とともに十数メートルほど走りすぎたその時、総理はふらついて数歩走り、歩きはじめた。そして、ゆっくりその場に崩れおちた。
「救急車を呼べ!」
 警護官が叫びながら総理に駆けよった。総理一行の後方にいる警護官が救急車を呼んだ。総理に駆けよった警護官は呼吸と脈拍を確認して、総理に心臓マッサージと人工呼吸をしている。総理の脈拍と呼吸が停止している・・・。報道陣はそう思った。
「救急車はすぐ来る!」
 救急車を呼んだ警護官が他の警護官とともに、周囲に駆けよる報道陣を排除するが、報道陣が警護官を押しのけて後藤総理に近づき、いっせいにカメラのシャッターを切った。TVカメラも撮影している。皇居ランをしている人たちが次々に立ち止った。好奇の目で見るランナーたちは、いつしか誰からともなく総理を気づかって黙祷している。

「救急車はまだか!」
 後藤総理に心肺甦生法を施している警護官が唸るように言った。時間がかかりすぎている。後藤総理の呼吸も脈拍も回復していない。
 総理の状況を見て、救急車を呼んだ警護官が首を横にふった。捜査官の与田だった。
 一瞬に警護官たちの動きが止まった。報道陣も皇居ランの人々も沈黙した。だが、心肺甦生している警護官は動きを止めない。

 救急車が到着した。救急隊員に警護官が手早く後藤総理の状態を説明し、二人の救急隊員が総理をストレッチャーに乗せて救急車に乗せ、救急車は走り去った。
 与田は報道陣と皇居ランをしていた人たちの中に佐枝と芳川の顔を探した。佐枝と芳川はどこにもいなかった。
「撤収する・・・」
 与田は警護官とともに、その場を去った。
 しばらくすると、皇居ランの人の移動がいつもの状態に戻った。
 竹橋駅入口付近のトイレから佐枝と木村洋子が出てきた。二人ともマスクをしてメガネをかけて、望遠レンズのついたカメラをストラップで首にかけている。
 皇居ランを終えたランナーを迎えに来たように、大型のワンボックスカーがトイレ近くに停止してサイドドアが開いた。佐枝と木村洋子がワンボックスカーに乗るとワンボックスカーはその場から走り去った。

 正午。
 長野の佐枝のマンションで、テレビニュースのキャスターが、心不全による後藤総理の突然死を伝えた。
「これ見てください。・・・」
 永嶋がノートパソコンのディスプレイを示した。ハッキングした内調内部で交されたメールは、成田主幹と直属の部下が心不全による交通事故で他界したとを伝えていた。
「与田は生きてますよ」
 永嶋の横でノートパソコンのディスプレイを見る洋子は、内調内で交されたメールの中に与田のメールを見つけた。
 与田は事実を語ったのか・・・。佐枝はそう思った。
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