十 事情聴取

文字数 3,094文字

 午後一時前。
 パトカーのサイレンが近づき、店舗前で消えた。店舗に間霜刑事と二人の刑事と四人の制服警官が現れた。銃を構えて部屋の中を見ている。
「与田さん!だいじょうぶか?」
「ああ、何とか生きてる!急いで救急車を呼んでくれ。コイツ、助かるも知れない!」
 与田が部屋の入口に倒れている巡査の男を示した。間霜刑事とともにいる刑事の一人が救急車を手配した。
 間霜刑事は部屋に入って冷蔵庫の下敷きになっている下山巡査を見た。下山巡査の手元には、与田が使って戻したベレッタM84サイレンサーがある。店舗内を捜索していたため与田も下山巡査もゴム手袋をしたままだ。部屋の入口で倒れている男が持っていたのもベレッタM84サイレンサーだ。与田は22口径ベレッタM87サイレンサーを持っている。
 下山巡査も部屋の入口で倒れている男も、巡査用のリボルバーはホルスターに入ったままだ。

「さて、調書をどう書いていいものやら・・・」
 冷蔵庫の下で死んでいる下山巡査と、部屋の入口で足と両脚を撃ちぬかれている巡査を見て、間霜刑事は考えこんでいる。
「あいつの供述なら録音してある。間霜刑事に転送する・・・」
 与田は部屋の入口で倒れている巡査の供述の録音を間霜刑事のスマホに転送した。
「これなら、与田さんの手をわずらわせずに調書を書ける。
 阿久津は長野の始末屋。巡査部長は松本の始末屋。
 始末屋は内調の下部組織か。驚きだな!」
 間霜刑事は自分のスマホで、与田が転送した巡査の供述内容を聞いて、与田だけに聞える声でそう言った。間霜刑事の言葉は他の警官たちの耳に入っていなかった。

「本棚にあったこの聖書に、これが入っていた」
 与田はテーブルにベレッタM87サイレンサーを置いて、テーブルのショルダーバッグからUSBメモリーと聖書を取りだして間霜刑事に渡した。
「俺のタブレットパソコンでメモリーを開いた。エクセルのファイルだ。パスワードなどは不要だった。パソコンの修理について記録があった。
 暗号みたいだが、何なのか、俺にはわからん」
「わかりました。ではここで起きた事を話してください。署での事情聴取を省くためです」
 間霜刑事はポケットから、ボイスレコーダーを取りだした。与田は、スマホを録音再生モードにし、県警内に始末屋の仲間がいるらしいと巡査の男が話した事を除き、パソコンショップに着いた時から現在まで、全てを間霜刑事に話した。
 間霜刑事は手帳にメモしながら言った。
「わかりました。正当防衛ですね。拳銃使用も私が許可したのだから、まあ問題にはならないようにします。それにしても与田さん。やっぱり警護を・・・、それも危険か・・・」
 しばらく間霜刑事は考えていたが、ボイスレコーダーの録音を停止して声を潜めた。
「与田さんは、内調の捜査官として拳銃所持使用許可を得てますね?特別捜査官として」
 与田も声を潜めた。
「どうしてそれを知ってる?どっちも極秘事項だぞ?」
「県警にいる警察庁特務官の佐伯警部から、それとなく聞いています・・・」
 俺が内調の特別捜査官であることは極秘事項だ。そして、特務官の存在は超極秘事項だ。特務官は政府が認めた独立した立法行政司法官だ。総理から閣僚全ての公務員を監督処罰できる統括的司法権を持っている。立場上内閣官房に所属している。

「それで、拳銃所持使用許可がある俺に、この銃の所持と使用を認めるのか?」
 与田はテーブルに置いたベレッタM87サイレンサーを示した。
「そういう事です。警護をつけませんから、自分で身を守ってください。
 予備のマガジンを忘れずに持っていてください」
「間霜刑事の一存で、銃の所持を許可していいのか?」
「私が許可するのは、この押収品の22口径ベレッタM87サイレンサーの所持許可です。
 与田さんは、内調の捜査官として拳銃所持使用許可を得てますからね・・・」
 そう言って間霜刑事はベレッタM87サイレンサーの製造番号と装填されている弾数とマガジンの個数を手帳に記録した。
「これで、事情聴取は終りです。このあと、どうしますか?」
 午後一時をすぎている。
「二人の巡査が捜査中に押収した銃の暴発で死亡した、と報道してくれ。
 そうすれば、次の始末屋が俺を狙う・・・」
 与田の言葉に間霜刑事が驚いている。

「あの冷蔵庫、裏が二重になってる。中に入ってるベレッタも、持っていっていいか?」
 与田の言葉で、間霜刑事は冷蔵に近づいて、裏板を外した。中に銃とマガジンが入っている。間霜刑事は未使用のベレッタM84サイレンサー(装弾数十三+一発)とマガジンを取りだしてテーブルに置いた。
 警官たちは、冷蔵庫を起こして死亡した下山巡査を引きだした後、両脚に銃創を負った巡査の男についていて取り調べている。銃器の現場検証はしていない。声を潜めて話す二人の声は警官たちに聞かれていなかった。
「始末屋が増えれば致し方ないですね。わかりました」
 間霜刑事はベレッタM84サイレンサーの製造番号を控え、銃とマガジンを与田に渡した。

 与田は二丁の銃とマガジンをショルダーバッグに入れながら間霜刑事に確認した。
「もう一度訊く。押収品の銃を俺に持たせていいのか?」
「拳銃所持使用許可がある特別捜査官の与田さんの身元ははっきりしてます。
 銃の所持許可は私の一存ではありません。
 極秘ですが私の上司は佐伯警部、特務官です・・・」
 与田は驚いたが顔に表さなかった。
「そんな事だと思った。もう一度確認する。
 二人の巡査が捜査中に押収した銃の暴発で死亡した、と報道できるか?」
「署の広報担当から、そう公表させます」
「次の始末屋が現れたら、とっ捕まえて間霜刑事に渡す・・・」
 そう言ったものの、与田は始末屋を捕える気はない。始末しなければ始末される。阿久津や下山巡査のように始末するだけだ・・・。
「怪我のないように気をつけてください。私は林を尋問します。
 与田さんが録音した巡査の供述から、林巡査部長も始末屋だとわかりました。始末屋のパソコンショップチェーンは横の繋がりは無いと言ってました。始末屋の上部組織の関係を明らかにするしか無いです。さて、内調をどうしたものか・・・」
 そう言いながら間霜刑事は与田を見た。与田を囮にして、始末屋全員を捕えたい・・・。

「間霜刑事は、俺を囮にして始末屋を捕まえたいだろう?」
「ええ、まあ、そう思ってますが・・・」
「それなら、林巡査部長を泳がせろ。
『二人の巡査が捜査中に押収した銃の暴発で死亡した』
 と報道すれば、次の始末屋が俺を狙う。とっ捕まえて吐かせればいい。
 俺が巡査部長を尾行して巡査部長が誰と接触するか探る。
 間霜刑事は俺を尾行しろ」
「林は妻子を始末されたはずです。林は手を引くのではないですか?」
「巡査部長が手を引けば、始末屋は巡査部長を口封じする」
「わかりました。与田さんが言うようにしましょう」
 間霜刑事は与田の目の前で長野中央署の広報担当官に連絡し、
『二人の巡査が捜査中に押収した銃の暴発で死亡した』
 と発表するよう手配した。

「上田君。こっちに来てください・・・」
 間霜刑事は上田刑事を呼んで状況を説明し、与田とともに、林巡査部長を尾行するよう指示した。
「わかりました。与田さん、行きましょう・・・」と上田刑事。
「刑事の同伴も、まあ良かろう・・・」
 与田は承諾した。与田には車がない。林巡査部長に関する情報もない。
「これを返しておく・・・」
 与田は間霜刑事にパソコンショップの鍵を返して、ショルダーバッグを肩にかけた。林巡査部長を尾行するため、上田刑事とともにパソコンショップを出た。
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