二十三 刑事の本音

文字数 1,262文字

 九月二十二日、水曜、夜。
 四ッ谷署の神田刑事と係長の渋谷警部はまだ刑事課にいた。
「神田の話した事が気になって北海道警と長野と群馬県警に連絡した。
 どこも、神田が思っているような事は考えていなかった。
 あらためて事件を検討すると言ってたが、なにもせずに幕引きだろう」
「係長。問い合せて上と揉めないですか?」
「上と揉めるのは覚悟してる。知らんぷりしとくさ。もしもの場合は、婦女暴行事件の加害者が都内にいれば、抹殺を事前に防げる、とでも説明するさ・・・」
 渋谷警部は神田刑事が調べた内容を再確認して、婦女暴行の加害者、残り三人をつきとめていた。
「婦女暴行の加害者残り三人は、
 前橋の上毛電気(株)に勤務する木原良司、 
 高崎の両毛美装(株)に勤務する高木順一と三好良樹だ。
 だが群馬県警は山田吉昌が事故死したとみて、俺の話をまともに考えなかった」
「都内に次の標的はいないんですか?」
「これまでの情報では、いない」
「道警と長野県警にも連絡したんですか?」
「どっちも群馬県警と同じで、俺の話をまともに考えなかったよ。
 これから話す事はオフレコだぞ。いいな!」
「わかりました。他言しません」

「神田。お前、婦女暴行の加害者が殺されたらどう考える。
 暴行の被害者は精神病棟に入院して再起不能だ。後輩の女をそこまでにした奴らが殺されたら、お前はどうする?」
 渋谷警部は神田刑事を睨んだ。神田刑事は渋谷警部の目つきに臆せずに言った。
「警察官として殺人犯を逮捕したい」
「建前なんか聞きたくない!本音は何だ?」
「本音は・・・」
「俺は、今朝、お前からこの件を聞かされてから、こう思ってる・・・。
 婦女暴行の被害者が再起不能と知って、言い様のない怒りが湧いた。婦女暴行の加害者を逮捕しようとか、犯罪を防止しようという気持ちじゃない。
 加害者の人権保護を謳い、被害者を見捨てたまま犯罪者を野放しにしている現在の法律に対する怒りだ。立法と司法と行政に対する怒りだ。
 お前の妹は、被害者と同じ歳だろう。婦女暴行の被害者が妹なら、加害者をどうする?」

「係長は婦女暴行の加害者が抹殺されるのを望んでるんですか?」
 神田刑事の言葉に、渋谷警部の頬にふっと笑みが浮んだ。 
「婦女暴行の加害者は罰を受ければ罪が消えたように思ってるが、被害者にはいつまでも被害の記憶が残る。被害者が再起不能なのに、加害者が社会でのうのうと生きていれば、なおさらだ。加害者がこの世から消えれば、少しは被害者の心が晴れるかも知れない」
 神田刑事は渋谷警部の気持ちが手に取るようにわかった。
「俺の妹が被害を受けたら、俺は絶対に加害者を許さない!」
 アアッ、言っちまったぞ、これで俺の本音が係長に知られた・・・。
「我々が動くのは、我々の管轄内で残り三人の加害者が死亡したその時だ!」
「わかりました!」
 係長は婦女暴行の加害者残り三人を、殺しのプロに始末させる気だ・・・。
 神田刑事は、警察官の立場をどうするのだと考える一方で、なにかすっきりした心の自分を感じて、胸のつかえが下りた気分だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み