十二 始末屋

文字数 2,317文字

「どうしたっ?」
 与田は家電製品の梱包の陰に隠れたまま、声を潜めて上田刑事に訊いた。上田刑事が、こっちに来い、と手招きしている。与田は身を屈めてすばやく覆面パトカーに近づいた。
 覆面パトカーの後部シートに、血まみれの巡査が二人倒れていた。
「たまげることじゃない!山本刑事と木島刑事が、始末屋の巡査を始末したんだ!」
 与田は車内を見てそう言った。与田の言葉に、上田刑事は驚いた。一瞬なりとも、『山本刑事と木島刑事は始末屋の一味だ!』と考えた上田刑事は、与田に訊いた。
「与田さんが、この二人の巡査を始末屋だと判断した根拠は何ですか!?」
「巡査に支給されてるのはリボルバーだ。二人が持ってるのはベレッタだ。パソコンショップにあったのと同じだ」
巡査二人がベレッタM84サイレンサーを握ったまま死んでいる。腰のホルスターにあるリボルバーは巡査に支給されているニューナンブM60だ。銃器対策用として刑事に支給されているのはベレッタ 92FS VERTEC(装弾数:十七+一発)が支給されている。
 上田刑事が納得して呟いた。
「こいつらも始末屋だったのか・・・」
「刑事たちは、巡査二人が始末屋と知らずに同行して、ここで撃ち合いになったんだろう」
 与田の説明は巡査が手にしている銃からの推測にすぎない。
 上田刑事は警察無線で間霜刑事に連絡した。
「上田です。係長。家電量販店の製品倉庫で山本刑事と木島刑事の覆面パトカーを発見しました。後部座席で巡査二人がベレッタM84サイレンサーを握ったまま射殺されてます。
腰のホルスターにはニューナンブが入ったままです。
 山本刑事と木島刑事はここにはいません」
「もうすぐ店舗を包囲する。待機しててください」
 サイレンの音が聞える。
「了解・・・」
 まもなく、家電量販店がパトカーで包囲されて、製品倉庫にパトカーが入ってきた。


 覆面パトカーから防弾ベストを着た間霜刑事が降りた。与田と上田刑事に防弾ベストを渡した。
「店舗正面はパトカーが包囲しました。裏から出た者はいないですね?」
「誰もいません」
 ベストを着ながら上田刑事がそう答えると間霜刑事が指示する。
「与田さんと上田刑事は私を援護しながら、ついてきてください」
「了解しました」
「行きましょう。全員、進め」
 間霜刑事は身を屈めて銃を構え、製品倉庫の奥に侵入した。上田刑事と与田は辺りを警戒して間霜刑事に続いて製品倉庫の奥へ進んだ。
 特殊武装した警官隊は、互いを援護しながら、製品倉庫の奥へ進入した。

 製品倉庫から商品管理庫に入った。ここは修理を依頼された製品の一時保管倉庫と修理室をかねた部屋だ。ここに山本刑事と木島刑事が大型洗濯機のそばに立っていた。
「係長。林巡査部長の妻子はこの中です。防水シートに包まれて洗濯機に入ってます。粗大ゴミとしてスクラップにする気だったようです。
 棚橋係長と三好課長補佐は、まだ生きてます」
 山本刑事が部屋の隅を示した。腹に銃創を負った生活安全課の棚橋係長と三好課長補佐が止血されて倒れている。
 間霜刑事が山本刑事を睨んだ。
「覆面パトカーの警官はどうしたんですか?」
「ここに着くと銃を抜いて撃ったので応戦して撃ちました。
 ヤツラが撃った弾は家電の梱包に当たったはずです」
「わかりました。
 中野刑事!他の刑事と警官を指揮して、店舗の従業員と客全員の身元を確認し、持ち物を調べてください。全員の身元が判明するまで、店舗から出さないでください。
 鑑識官!検視官!こっちに来てください。製品修理倉庫です」
 間霜刑事は無線で、店舗正面に待機している中野刑事と鑑識官と検視官にそう指示した。


 午後五時すぎ。
 家電量販店と林巡査部長の自宅の現場検証が続いている。
「与田さんは、これからどうします?」
「ホテルに戻る。都内には戻れない。始末屋の組織が壊滅したと思うか?」
「いえ、思いません。
 これから、ここの従業員と、棚橋係長と三好課長補佐、山本刑事と木島刑事を取り調べます。寝る暇が無いですよ」
「林巡査部長の殺害録画があるだろう」
「双眼鏡の録画機能、わかっていましたか?」
「もちろんだ。軍事使用の特殊タイプは見てすぐわかった」
 与田はそう答えた。

 与田は現場検証に立ち会う山本刑事と木島刑事を目配せして間霜刑事に言う。
「あの二人を、どうする?」
「管轄外の棚橋係長と三好課長補佐が林巡査部長を殺害しました。
 山本刑事と木島刑事は、ここに潜入した報告をしていません。
 署内に始末屋の一味がいましたから、疑ってかかる必要があります」
「賢明だな。報道を黙らせたか?」
「パソコンショップが閉店して、この家電量販店が始末の仕事を継いだと考えられます。
 ここが捜査されてることは、すでに松本の始末屋へ知れているでしょう。
 報道を口封じしても、何らかの情報が他の始末屋に流れるはずです。
 できるだけ早く、始末屋の組織をあばきたいです。
 与田さんも、内調と始末屋の関係を詳しく調べてください」

「わかった。取り調べが終ったら結果を教えてくれ。
 特に始末屋と宮塚主幹と木村内閣情報官が、どう関係しているか知りたい」
「わかりました」
「まだ始末屋はいるはずだ。ベレッタはしばらく借りる」
「何の事です?私は何も知りませんよ。警護をつけませんから、気をつけてください」
 間霜刑事はそう言って目配せし、銃のマガジンが入った紙袋を与田に渡した。間霜刑事は与田のベレッタ二丁の所持を認めている。
「すまない、助かるよ。では、ホテルに戻っていいな?」
「送りましょうか?」
「いや、独りで帰る。仕事を続けてくれ」
「了解しました」
 与田は間霜刑事に礼を言って、家電量販店の製品修理倉庫を出た。 
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