十四 正体を暴け

文字数 4,904文字

 電子レンジのタイマーが切れた。アートボックス上部の穴の壁面が熱によりうっすらとオレンジ色になっている。昇温完了だ。ふたたびタイマーをすばやく再セットしてアートクレイシルバーを焼成した。
「今度、タイマーが切れたら完成だ。冷えるのを待って指輪を出して磨くだけだ」
「どういうことなんですか?粘土みたいでしたね?」
「銀の微細粉末をバイダーで錬った物だ。成型して焼くとバインダーが燃えて、銀が残る」
 与田はアートクレイシルバー(銀粘土)を説明した。

 アートボックスが冷えた。与田は皿ごとアートボックスを取りだして、中から指輪を取りだした。
「粘土カスがくっついてるから、こうして磨けば、・・・。ほら、銀が出てくる」
 与田は、粗い麻布で指輪の粘土カスを磨き落した。
「さあ、これを君にあげるよ。いつもいろいろ世話になっているからね。
 もう一つは君の同僚にだ。渡しておいてくれるかな」
 そう言って与田は指輪をフロントの係員に渡した。
「わかりました。渡しておきます!磨いてみます!
 与田さん。まもなく八時になります。レストランへおいでください」
「ありがとう。夕飯を食べてくるよ」
 与田は使った道具を紙袋に詰めてショルダーバッグに入れ、ショルダーバッグのベルトを肩にかけた。

 午後八時すぎ。
 ロビーを通ってレストランへ歩いた。それとなくロビーを見ると、ソファーで新聞を読んでいる会社員風の男の耳にイヤホンが見えた。年齢は三十代後半くらいだ。体格は良い。耳が悪いようには見えない。斜め向いのソファーにも、耳にイヤホンが見える男がいる。
 与田は何食わぬ顔でレストランに入ってテーブルに着いた。お勧めメニューを注文して、係員に質問した。
「ハンバーガーを注文できるか?」
「はい、できます」
「ロビーへ運んでくれるか?」
「ロビーのお客様へですか?」
 係員はふしぎな顔をしている。
「ロビーのソファーに、イヤホンをしたSPが二人いる。飯も食わずに仕事しているから、二人にハンバーガーを運んでやってくれ。請求は俺にしておいてくれ。
 そこで頼みがある。
 ハンバーガーを、『宮塚さんからです』と言って届けてほしい。なにか言われても、『宮塚さんから注文されましたので』と答えてほしい。
 宮塚はあいつらの上司なんだ。俺の事がバレルとマズイから、俺を無視してくれよ」
 与田はそう言って係員に、折りたたんだ千円札を握らせて目配せした。
「わかりました。粋な計らいですね」
 係員は与田の意を素直に承諾して目配せを返した。

 与田のテーブルにこの日のお勧めメニューが並んで、係員が、ロビーのソファーに座っている三十代後半の男二人にハンバーガーを運んだ。二人の男は係員から説明されると係員に質問もせずにハンバーガーを食っている。宮塚主幹が手配した始末屋にまちがいない。
 与田は、与田を無視して通路を通りすぎる係員を確認しながらそう確信した。
 間霜刑事に連絡してロビーの二人を捕まえたいが、ここの電話も、長野中央署の電話も全て盗聴されている。どうすればいい・・・。
そう思っている与田のテーブルに、先ほどの係員が来て言う。
「まもなく、オーダー終了です。お飲み物はいかがですか?」
 午後九時になろうとしていた。
「ビールを頼む。さっきと同じ要領で、あの二人にもビールを運んでやってくれ。
 会計は俺にしといてくれ・・・」
「粋な計らい、わかりました」

「ところで、頼みがあるんだ」
 与田はそう言って、また係員に金を握らせた。
「何でしょう?私ができる事は限られますが・・・」
「あの二人に、つきまとわれて、おちおち夜遊びもできないんだ。
 裏から、こっそり抜け出せるか?」
 与田が座っているテーブルはレストランの奥で、窓辺のシュロの鉢植えの陰からロビーの男が見えている。ロビーからレストラン内は見えていない。
 係員は与田に微笑んで話しはじめた。
「わかりました。厨房からホテルの横へ出られます。
 表の通りに出るとロビーから見えます。
 ホテルの裏から駅へ行き、東口へ行ってタクシーを拾えば、警護をまけます。
 お気をつけください。
 では、ビールをお持ちします。頃合いを見て二人にビールを運びます。
 その帰りに、ご案内します」
 係員は厨房に戻って、ビールを満たしたグラス運んできて与田のテーブルに置いた。
 与田は、
「ビールを運んでくれ」
 と言ってビールを一口飲んだ。
「わかりました」
 係員は厨房に戻って、ビールを満たしたグラスとオードブルをロビーへ運んだ。その帰りに、与田をレストランの奥へ案内した。
「気をつけてお出かけください。あとの事は、うまく対応しておきます」
 係員は厨房の裏口でそう言って微笑み、与田を外へ送りだした。
 午後九時半だった。

 午後九時半をすぎた。
 与田はホテルの裏から塀を乗り越えて、長野駅善光寺口(西口)に出た。階段を登って長野駅二階フロアを東口に歩いた。閑散としている。
 東口の下り階段を降りようとしたその時、背後から、バタバタとフロアを走る音がする。与田はふりかえらずにショルダーバッグに右手を入れた。
「与田!静かにこっちを向け!両手を挙げろ!」
 与田が立ち止まってすばやくふりむいた。
 その瞬間、男がオートマチックのサイレンサーを撃った。
 同時に与田は、ショルダーバックの中で手にしている22口径ベレッタM87サイレンサーで、二人の男の膝を撃った。装弾数はマガジンと装填ずみの一発の計八発だ。
 男の撃った銃弾が、与田の耳をかすめた。
 与田の撃った銃弾が二人の男の膝を撃ちぬいた。
「ウワッッ・・・・」
 二人の男は銃を落してその場に倒れた。銃は、銃器対策用として刑事に支給されているベレッタ 92FS VERTEC(装弾数:十七+一発)だった。

 与田は倒れた二人の男に近づいた。二人はどこへも連絡していない。与田は二人が装着している無線を引き千切ってスマホを取りあげ、録音モードにした。
「我々は警官だ。間霜刑事からアンタの警護を頼まれた・・・」
 男の一人がそう言っているあいだに、もう一人の男が起きあがってベレッタを拾って与田を撃とうとした。
「そこで動くな!」
 与田はベレッタを持つ男の手と撃たれていない方の膝を撃った。
「ウオッッッ・・・」
 男がその場に崩れおちた。与田は男のベレッタを男の手の届かない所へ蹴飛ばして、もう一人の男に言った。
「警護の警官は、警護する者を呼び捨てにして撃ち殺すのか?」
「アンタを撃とうとする者がいた」
「宮塚登のハンバーガーを食ってビールを飲むと、警官が始末屋になるのか?」
「・・・」
 宮塚登のハンバーグとビールと言われて、男が黙った。
「本当の事を言え?」
「・・・」
「ほれ!銃を取れ!」
 与田はベレッタを男の手元に蹴った。
 男がベレッタに右手を伸ばした。与田はためらわずに男の右手を撃った。
「ウオッッッ・・・」
「もう一度訊く。誰に始末を頼まれた?」
 与田はベレッタを男の左手のそばに蹴った。男が銃に左手を伸ばした。与田はためらわずに、男の左手と撃たれていない方の膝を撃った。
「ウワッッッッッ・・・」
 与田のベレッタM87サイレンサーにはあと一発、銃弾が残っている。

「言わぬなら、次は足首を撃つか・・・」
「やめろ・・・。内調の宮塚主幹だ・・・」
「誰を始末しろと言われた?」
「後藤総理を始末した者とアンタを始末しろと言われた」
「誰が後藤総理を始末した?」
「内山総理の身内と幹事長たちの身内から依頼された、長野の始末屋だと聞いてる」
「それに俺が関与してると判断したのか?」
「俺たちを捕まえても、宮塚主幹と木村内閣情報官は、新たに始末屋を差しむけるぞ」
「撃たれた事を連絡したか?」
「俺たちから連絡が無ければ、始末されたと判断する・・・」
「ご苦労さん。今の話はお前のスマホで録音しといた。さて、警察へ連絡しよう・・・」
 与田は間霜刑事のスマホに連絡した。

「間霜刑事。長野駅東口で始末屋二人を撃って捕まえた。脚と手に銃創を負ってる。
 俺を警護する警官だと言ってる。本当か?」
「与田さんに警護はつけてません。ただちに現場へ行きます」
「待ってる。電話を切らずにこのままにしておけ。巡査に説明が必要だ」
 二階フロアを長野駅前交番の巡査が走ってきた。
「何だ!何があった?!」
 と叫んで野次馬を遠ざけ、銃に手をかけている。

 与田は、走ってきた巡査に身分証を見せた。
「俺は内調の特別捜査官だ。コイツラ、俺を狙った殺し屋だ。銃刀法違反。殺人未遂の現行犯だ。現場保存して、間霜刑事と話せ!」
 巡査の一人が野次馬を遠ざけて、始末屋たちのベルトとズボンを引き千切って太腿にまいて止血した。現場を保存して、薬莢の数を確認している。
「犯人が一発。与田さんの薬莢がないですね」
「そうだ」
 もう一人の巡査は与田からスマホを受けとって間霜刑事から説明を聞き、
「わかりました。係長」
 と言って与田にスマホを返した。
「間霜刑事から、犯人の止血をして現場保存して待て、との指示でした。
 私は規制線を張ります!
 みんな!下がってください!この線から外に出てください!」
 巡査はチョークでフロアに線を引いて野次馬を遠ざけ、善行寺口へ走っていった。

 与田はスマホで間霜刑事と話した。
「間霜刑事。あとどれくらいでこっちに着く?」
「もうすぐ東口に着きます。一般人に被害者は出てませんね?」
 サイレンが聞える。
「始末屋が俺に向けて発砲した。だから、反撃した。始末屋が撃った弾は俺の耳をかすめて東口の外へ飛んだ。誰かに当たっていないのを祈るだけだ」
 善光寺口へ走った巡査が、パイロンと規制線のテープ、救急箱を持って戻ってきた。もう一人の巡査に救急箱を渡して、パイロンを並べ、規制線のテープを張っている。

 東口に警察車両と緊急車両が入ってきた。与田が耳に当てたスマホからは、間霜刑事の話が続いている。
「与田さんは22口径で撃ったんですね?」
「そうだ。七発撃って全弾命中だ。致命傷じゃない。コイツラの供述を録音しといた」
「了解しました。もうすぐ、そっちへ行きます」

 午後十時すぎ。
 長野駅東口に間霜刑事が捜査陣を連れて現れた。交番の巡査が張った規制線の外に厳重に規制線を張らせ、上田刑事と中野刑事に指示して鑑識官とともに現場検証をはじめた。
「このスマホに、始末屋を尋問した供述が残ってる。確認してくれ」
 与田は始末屋のスマホを間霜刑事に渡した。
「わかりました・・・・」
 間霜刑事はスマホの録音を聞いた。
 
 録音を聞き終えて、間霜刑事が言った。
「与田さんの推測通りでしたね・・・。
 始末屋が放った弾道を調べます。与田さんを撃った始末屋はどっちです?」
「そっちだ!銃弾は俺の左耳をかすめた」
 与田は銃を撃った始末屋を示した。
「こいつは、この巡査と同じ身長ですね。
 与田さん、撃たれた位置に立ってください」
「わかった」
 与田は撃たれた時と同じ、東口の下り階段のそばに立った。
「君!そこに立って、手で銃の真似をして与田さんの左耳を狙ってください。
 与田さん。巡査の立ち位置と銃の高さはこれでいいですか?」
 間霜刑事は、立たせた巡査の位置と、手で真似た銃の高さを確認した。
「ああ、そこでいい。銃の高さもそれでいい」
「鑑識官!弾道を確認してください」
 鑑識官が巡査の背後に立ってレーザーポインターを使ってレーザー照射した。
「投光器で照らせ!」
 サーチライトがレーザー照射された建物を照らした。そこはビルとビルのあいだを抜けたその先のビル、佐枝と芳川が住んでいるマンションの四階だった。
「流れ弾が窓に当たっていないといいが・・・。
 上田君!消防署へ連絡して梯子車を出してもらい、鑑識官一名とともに、マンションの壁と窓の弾痕を確認してください!被害者が出ていないことを祈りましょう・・・」
「了解しました。マンションの住人に、連絡します」
「そうしてください」
「与田さん。これだけの野次馬です。報道規制しても意味ないです。ノーコメントで通しますよ」
 そう言って間霜刑事は与田に微笑んでいる。与田は間霜刑事の余裕が気になった。
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