十七　計画

　十一月四日、金曜、午前八時すぎ。
　芳川がソファーテーブルにコーヒーを置いた。
「ありがとう。トーストを焼いてハムエッグを作る・・・」
　佐枝はフライパンにサラダオイルをしいて卵を入れ、トースターにパンを入れた。

　二日と三日に始末した下請けの始末屋は、内調から情報を得ていたはずだ。私たちに記者証と腕章を用意したのも内調の指示だろう。与田が私たちを知っているのだからまちがいなく私たちは内調に顔が割れている・・・。
　与田は、『標的が官邸を出て、取材の囲みができた時を狙えたら』と言っていた。囲み取材か、ぶら下がり取材で、標的を消す計画を立てるつもりだろうが、私たちが取材に潜入すれば、与田に私たちをはめる気があろうと無かろうと、私たちは確実に捕まる・・・。
　佐枝は、焼きあがったトーストとハムエッグを皿にのせて、フォークとともにソファーテーブルに置いた。

　私たちだけで副総理を始末し、副総理が指示した始末の指示経路に従って、私たちを知る者を始末するしかない・・・。あるいは、全てを副総理の指示で内調が画策実行したと証明すればいい。この容器には手を触れていない・・・。佐枝はバッグから、晒布に包んだ三センチ径ほどの円筒の錠剤容器を取りだして、ソファーテーブルに置いた。昨夕、与田が置いていった、発射装置に使う三ミリ径ほどの弾丸が入った容器だ。
「付いているのは与田の指紋だけだ。今、利用できるのはこれだけだ」
　佐枝は芳川に、円筒の錠剤容器を示した。

「標的が公邸と官邸から外へ出る予定は？」と芳川。
「標的は皇居ランをしてると聞いたことがある。マダムに連絡して洋子に調べてもらう。
　この部屋に盗聴器がしかけられたのだから、このマンションの経営者も標的と関係してる。鷹野良平の関係筋で、鐘尾盛輝と対立している側の右翼も信用できない。
　その事もマダムに知らせた方がいいな・・・」
「佐枝さん。マダムと木村洋子へ連絡するのはやめた方がいい。
　知らせれば、マダムは良平さんの伝手を頼って、標的の息がかかった右翼を潰そうとする。マダムの身辺は盗聴と盗撮が続いている。マダムと木村洋子たちが危険に晒される」
　そう言って芳川はトーストを口に入れた。
「私たちで標的を始末するしかない。副総理が今も皇居ランをしているか調べよう」
　木村洋子は盗聴盗撮の電波探査に詳しい。知人の永嶋はＩＴの専門家でハッキング対策に精通している。
「了解・・・」
　佐枝と芳川はネット検索した。
「あった。今も走ってる・・・。私たちも皇居ランをするか・・・」
　佐枝はコーヒーを飲んだ。

　その日、十一月四日、金曜、午後。
　十一月二日の内山総理急死により、副総理の後藤新太が総理に就任した。
　後藤総理の皇居ランには、補佐官と五人の警護官が付く。走るのは午前七時だ。雨が降らず、時間がある限り、ランニングは欠かさない。