十四 新標的その二

文字数 2,077文字

 佐枝は亜紀に電話した。
「駐車場に下請けがいました。三人と下請けを始末しました」
 亜紀は通話に出ると「はい」と言って通話を切った。

 敦賀祭事ホールの駐車場に救急車が入ってきた。救急隊員三名は手際よく昌代の首と頭を簡易ギブスで固定した。鐘尾の脈拍と心拍を確認した隊員はAED(自動体外式除細動器)を使ったが、まもなくそれを中止した。隊員二人が昌代と鐘尾をストレッチャーに乗せて救急車に乗せ、隊員一人は運転席に、もう一人は後部に乗った。隊員の一人が木村洋子に小声で伝言を頼み、救急車の助手席に乗った。救急車は駐車場から走り去った。

 亜紀はホールを出て、木村洋子に近づいた。洋子は亜紀に頷き、
「救急隊員から、鐘尾は死亡しているので身内に連絡してほしいと言われました。
 鐘尾が死ぬ前に 、
『くそっ。副総理は、この俺も消す気か?』と言ってました」
 と囁いた。
 亜紀は驚いたがそれを顔に出さなかった。
「そしたら、洋子さん。帰りましょう。全てすんだんでしょう?」
「はい。葬儀の関係は全てすみました。
 これ、鐘尾が信一へ香典だと言って・・・。死ぬ前でした・・・」
 洋子は鐘尾から渡された手提げ紙袋を亜紀に示した。大きさから札束六コくらいだと亜紀は思った。周囲に人がいなくなるのを待って亜紀は囁いた。
「まだ下請けがいた。ついでに下請けも始末した。香典はいただいておきなさい・・・」
「はい・・・」
 洋子はこっくり亜紀に頷いて、それではまた、と言って、葬儀関係者の駐車スペースに停めてある自分の車へ歩いた。亜紀は洋子の車を見送って、芳川の車へ歩いた。

 亜紀が芳川の車の助手席後部座席に座ってドアを閉じた。佐枝は運転席の後部席にいる。亜紀が車の前方を見たまま佐枝と芳川に言う。
「鐘尾が死に際に、
『副総理は、この俺も消す気か』と洋子に話したわ。どうする?」
 芳川の車の後部から車が走り去った。芳川は車をバックさせて駐車車列から出た。車は駐車場の外へ走りだした。
 佐枝も車の前方を見たまま言う。
「今日は勤務があります。このまま前橋に帰ります。どうするかは考えます。
 マダム。クラブ・グレースとの取り決めはどうなってますか?」
 佐枝は故人鷹野良平がその筋を通して交したクラブ・グレースとの契約を尋ねた。現在、佐枝と芳川はクラブ・リンドウから前橋のクラブ・グレースへ出向している。
「佐枝ちゃん次第よ。良平さんの依頼は片づいたから、いつでも出向を終りにしていいわ」
「わかりました。今回の後始末をしたら出向は終りにします」
「ありがとう。良平さんも喜ぶわ・・・」
 亜紀は微笑んでいる。

「良平さんも喜ぶとは、どういうことです?」
 佐枝は亜紀を見た。亜紀は車の前方を見たままだ。
「良平さんがうっかり佐枝ちゃんの事を漏した結果が今回の仕事よ。
 それを全て片づけるのだから、あの人、喜ぶわ・・・」
「他に下請けの始末屋がいないか、しばらく確認します。
 そのあいだに、真の依頼者を始末する方法を考えます」
 佐枝は視線を戻して車の体前方を見た。
「わかったわ。昨日の官邸での件。全て病死として処理された。
 これまで内調はいろんな始末に関わって、病死や自殺として処理してきたらしい。
 今回の官邸の件も、内調が絡んでるらしいから気をつけなさいね。
 いっそのこと、戻ってらっしゃい。
 新標的を始末するなら、前橋も長野も、距離的条件を除けば似たようなものよ。
 ことによったら、こっちの方が情報を手に入れやすいかも知れない・・・」
 亜紀は何か考えがあるらしかった。

「マダムは内調の情報をどこから得ました?」
「店に来る、桜の代紋からよ」
 亜紀は微笑んでいる。クラブ・リンドウの客は特別な客が多い。亜紀にはその手があったのかと佐枝は思った。
「では、今月、十一月二十日で出向を終りにするよう、先方に話します」
「今日は三日。あと十七日ね。高橋智江子ママを気にせずに、いつでも出向終了を話してね。クラブ・グレースは承諾するわ。そういう契約だから」

 話しているあいだに、車はクラブ・リンドウが契約している、長野電鉄権堂駅付近の駐車場に入った。
「新標的が消えるまで、盗聴盗撮器はそのままにしててください。
 新標的は何らかの手段で盗聴盗撮を続けるはずです」
「わかったわ。これまでの始末屋は内調の下請けだと思う。
 まだ未確認だけど、内調内部に、与党の派閥に対応するグループがあるらしいわ。
 今回、副総理の下請けは消えた。副総理は新たな下請けを差し向けるはずよ」
「わかりました。依頼主と下請けが消えるまで気を抜きません」
「この車、盗聴盗撮されてないわね?」
「乗車するたびに調べてます」
 芳川がグローブボックスを開いて盗聴盗撮電波探知器を示した。
「じゃあ、連絡、待ってるわね」
亜紀はそう言って車を降りた。新標的の対応と出向終了を報告してほしいらしい。
「連絡します。マダムも気をつけてください」
「わかったわ。佐枝ちゃん、芳川、もう、守と呼んだ方がいいわね。
 守。今日はありがとう、さあ、行きなさい」
 亜紀は車外から佐枝と芳川に手をふった。
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