十五 接近一

文字数 4,082文字

 午後十一時すぎ。
 客が帰り、クラブ・リンドウが閉店してフロアレディーが帰った。
 店内は木村洋子と永嶋、亜紀と芳川、そして佐枝だけになった。五人はいつものように奥のボックス席にいる。ここは一般のボックス席から防音壁と防音窓で隔てられている。話し声が漏れることはない。盗聴もされていない。そのことは永嶋が確認ずみだ。

 店の固定電話が鳴った。佐枝が電話に出た。
「クラブ・リンドウの芳川佐枝さんですね。長野中央警察署、刑事課の上田です。
 長野駅二階フロアで発砲事件があり、流れ弾が吉川さんが住んでいるマンショの西壁に当たったと推測されます」
 発砲事件と聞いて、佐枝は与田が絡んだ事件だと直感した。
「発砲事件の流れ弾が、マンションに当たったんですか?」
 佐枝は店にいる皆に聞えるように訊き返した。佐枝の声を聞いて、永嶋はショルダーバッグからノートパソコンを取りだし、警察と地元テレビ局の通信をハッキングした。

「今から梯子車を使って流れ弾を探します。現場検証しますのでご協力ください」
 佐枝のマンションは道路を隔てた長野駅の東側にある。長野駅の東口に面しているのはマンションの西壁だ。各階ごとにトイレの窓とバスルームの窓がある。佐枝と芳川が住んでいるのは四階の西の部屋だ。
「立ち会う必要がありますか?」
「銃れ弾が窓に当たっていれば、銃弾を回収させてください。その時は連絡しますのでご協力してください。仕事中すみません。仕事は十一時まででしたね。こちらは、現場検証を始めますので、よろしくお願いします」
「室内に銃弾が入っている時は、私か夫が立ち合えばいいですね。
 ところで、銃弾で被害者が出たのですか?」
 佐枝は与田の安否を確認した。
「加害者を逮捕しました。被害者はいません」
「そうですか。良かったですね」
「はい。では、立ち合ってもらう時は連絡しますので」
「わかりました。上田さんは、今どこにいますか?」
「はい、梯子車のバスケットの中です。現場検証を始めてます」
「気をつけてください。窓に銃弾が当たっていたら連絡ください」
「わかりました」
 電話が切れた。
 こまったことになったが、ジタバタしても、どうにもならない。佐枝は腹を括った。

「何があったの?」
 亜紀が不安な顔で訊いた。
「長野駅構内で発砲事件があって、流れ弾が私のマンションの壁に当たったので捜査するみたいです・・・」
 佐枝は上田刑事の説明を話した。
「警察が部屋に入って困ることがあるの?」
「いえ、ありません・・・」
 佐枝は亜紀の問いにそう答えた。
 警察の目に触れて困るのは、連射型人工骨弾丸発射装置と、三ミリ径鋼鉄弾丸発射装置内臓望遠レンズのカメラ、そしてペンライト型発射装置とボールペン型発射装置だ。
 連射型人工骨弾丸発射装置二丁は芳川の車の後部シートの下に隠してある。三ミリ径鋼鉄弾丸発射装置内臓望遠レンズのカメラは部屋のクローゼットの中だ。ボールペン型発射装置とペンライト型発射装置はソファーテーブルのペン立ての中だ。警察がトイレやバスルームの銃弾を捜した際に、室内を捜索するとは思えない・・・。

「与田が襲われたな。銃弾が窓に当たっていないといいが・・・。
 永嶋さん。警察の通信をハッキングできないか?」
 芳川は、与田が襲われたのを確信した。銃弾がマンションの窓に当たっていないのを願いながら、与田の安否を気にした。
「今、ハッキングしてます・・・。
 この発砲事件、今日報道された吉田五丁目の銃の暴発事件と若槻東条の銃撃事件に関連してるみたいですね・・・。テレビ局は・・・」
 永嶋は地元TV局の報道に関する通信を説明した。
『正午すぎ。吉田五丁目のパソコンショップで、警察の押収した拳銃が暴発して二名死亡。
 午後二時頃。若槻東条の民家で銃撃事件があり、住人の警官が死亡。二人の犯人は銃創を負ったままSBC通りの家電量販店へ逃げこんで逮捕された。ここでの銃撃戦で警官二人が死亡し、死亡した若槻東条の警官の妻子が家電量販店で遺体となって見つかった』

「テレビ局は、一連の出来事を暴力団がらみの抗争と考えているようですが実際は・・・」
 永嶋は警察の通信から、事件の実態を説明した。
『正午すぎ。パソコンショップの捜査で拳銃が発見され、二人の巡査が与田捜査官と撃ち合いになって、二人の巡査が死傷した。二人の巡査は与田を狙った始末屋だった。
 午後二時すぎ。始末屋の一味の警官が妻子を人質に取られて与田殺害を指示されたが、断ったため、警官の妻子が殺されて、警官は警官の始末屋二人に口封じされたが、その際応戦して二人を撃ち、銃創を負った警官二人は妻子を隠した家電量販店に逃げこんだ。
 妻子を捜索していた刑事二人が家電量販店を捜査し、警察に紛れていた始末屋の警官二人と銃撃戦になり警官二人を射殺し、殺害された妻子を発見した。さらに刑事二人は、家電量販店に逃げこんだ銃創を負った警官二人の始末屋の警官を逮捕し、特殊武装した警官隊が家電量販店の店員に扮した始末屋五人を逮捕した。
 午後九時半。新たな始末屋が長野駅構内で与田を襲ったが二人とも撃たれて逮捕された』

 永嶋の説明を聞いて芳川が訊いた。
「与田は撃たれてないのか?」
「ええ、かすり傷だけのようです。銃撃戦と射撃の腕前は、超一流のようですね」
 永嶋は淡々としてそう答えた。
「与田を始末するのに次々に始末屋を送りこんでる。与田の通信は盗聴されてるのか?」
 芳川の問いに永嶋が答える。
「ええ、内調が与田さんと警察のあらゆる通信を盗聴してますね。
 警察は、内調の盗聴を知りながら、対策を取れないのが現状ですね」
「警官が始末屋だったから、他にも警察内部に、内調の手先や始末屋の一味がいる可能性が高いな・・・」
 警官が始末屋だった事から芳川はそう判断した。
 佐枝は、永嶋から受けとった、宮塚主幹と木村内閣情報官の会話を記録したメモリーカードを見つめた。与田との連絡は盗聴される。内調は新たな二始末屋を差しむけるだろう。与田に接近するのは危険だ。与田にこのメモリーカードを渡す方法はないものか・・・。

 その頃。
 梯子車のバスケットで、上田刑事はディスプレイに映るドローンの赤外線探査映像を見た。ドローンはマンションビル西側外壁を左右へ移動しながら少しずつ上へ移動して壁面を赤外線探査している。一階、二階、三階の外壁に弾痕はない。
 ドローンが四階外壁を探査しはじめた。

 弾痕があった。トイレの窓とバスルームの窓のあいだだ。上田刑事はほっと安心した。警察無線は繋がったままだ。上田刑事は弾痕発見を間霜刑事に報告した。
「係長。四階の窓と窓のあいだの壁面に弾痕を発見しました」
「了解しました。弾痕を撮影して転送してください」
「了解です。あそこまで上げてください」
 上田刑事はバケスケットに同乗している消防士に、弾痕の位置をレーザーポインターで示した。
「わかりました。上げます・・・」
 消防士は、弾痕がある壁面まで梯子車のバケスケットを上昇させた。
 上田刑事はバケスケットに同乗している鑑識官とともに、クレーター状にへこんだ弾痕を確認した。銃弾は砕けて鉛がコンクリートにへばりついている。鑑識官は弾痕をカメラで撮影して、コンクリートにへばりついている砕けた鉛の銃弾を回収した。
 上田刑事は弾痕の画像を県警のコンピューターと間霜刑事のタブレットに転送し、
「係長。画像を送りました。状況がわかりますか?」
 上田刑事が送信した画像を確認した。
「わかります。ご苦労さんでした。撤収してください。
 消防の方たちに、『ありがとうございました、助かりました』とお礼を伝えてください」
「了解しました。
 係長が、消防の方たちに、お礼を伝えてくださいと言ってます。
 ありがとうございました。作業終了です。撤収します。下に降りましょう」
 上田刑事は消防士と鑑識官に礼を言った。
「こちらこそ、ご苦労様でした。流れ弾で被害が出なくてよかったですね。
 ご苦労様でした」
 消防士は鑑識官と上田刑事に会釈し、梯子を縮めてバケスケットを降ろした。

 間霜刑事は警察無線で上田刑事と消防のやりとりを聞きながら、中断した与田の事情聴取を続けた。一連の経緯を聞き終えると、間霜刑事は確認した。
「確認します。宮塚登からのハンバーガーと言って始末屋を確認し、ホテルの厨房裏から長野駅へ逃げたが、東口の階段手前で追いつかれて撃たれ、撃ち返した。
 銃撃の状況は二階フロアの監視カメラで確認しました。
 与田さんの供述にまちがいないことがわかりました。
 これで事情聴取は終りです。
 与田さんが撃ったベレッタの薬莢をこれに入れてください」
 間霜刑事が証拠品収納用のポリエチレンジップロックを開いた。
「お、すまない・・・」
 与田はショルダーバッグに手を入れて薬莢を七個を取りだし、間霜刑事が差しだしているジップロックに入れた。

 午前〇時をすぎた。すでに十一月二十八日、月曜だ。
「皆さん。現場検証を終りにします。何か捕捉することがありますか?」
 現場検証している者たちが、全て完了した、と告げている。
「では、撤収してください。報告は明日してください」
 間霜刑事は現場検証終了を宣言した。

「ショルダーバッグが台無しですね」
 間霜刑事は銃弾で穴があいた与田のショルダーバッグを見ている。周囲で鑑識官と警官が撤収作業している。すでに始末屋の二人は警護の警官付きで緊急車両で運ばれ、ここにはいない。
「署内は、そのショルダーバッグと同じです・・・」
 警官の中に内調のスパイと始末屋がいる。内調は警察の通信を盗聴しているが、警察の技術では対応不可能だ。間霜刑事はそう説明するが、困っているようには見えない。何か余裕があるようだ。
 その時、与田は、東口の階段に鋭い視線を感じて、ショルダーバッグに手を入れた。ベレッタM87サイレンサーに、銃弾はあと一発残っている。
 与田の気配に気づいて、間霜刑事も背広の内側に手を伸ばした。ホルスターにはベレッタ 92FS VERTECがある。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み