六 捏造

文字数 2,324文字

 十一月二十六日、土曜、午後四時すぎ。
 佐枝と芳川はいつもより早めにクラブ・リンドウに出勤した。開店は午後六時だ。
「マダム。阿久津裕が転落死しました。これでパソコンショップの始末屋は壊滅です」
 佐枝は、昨夜、与田が話した全てを、クラブ・リンドウの経営者マダム亜紀に話した。亜紀は佐枝たちの裏の仕事の取り次ぎ役だ。
「宮塚登と木村巧を始末しましょう。このまま放っておいたら、私たちも始末される。
 洋子に手伝ってもらいましょう・・・」
 亜紀はその場で木村電気店主の木村洋子へ連絡した。パソコンやスマホのハッキング対策を専門に扱っている永嶋に連絡してもらうためだ。
 亜紀のスマホの連絡に木村電気店主、木村洋子が出た。
「亜紀です。忙しい時にすみません。洋子さんと永嶋さんに仕事を依頼できるかしら?」
「亜紀姐さん。気にしないで仕事を手伝わせてください。永嶋もそのつもりです」
「ありがとう。そしたら店にいらっしゃってね。ごちそうするわ。仕事とは別よ」
「ありがとうございます。永嶋を同伴します」
「お待ちしてますね」
 亜紀は通話を切った。

 午後十時すぎ。
 洋子と永嶋がクラブ・リンドウに現れた。
「さあ、奥へどうぞ」
 亜紀は洋子と永嶋を奥のボックス席へ案内した。ここは防音壁と防音窓で一般のボックス席から隔てられている。永嶋はショルダーバッグから盗聴波探査機を取りだしてボックス席の全方向を探査し、問題ないと言ってテーブルの椅子に座った。クラブ・リンドウと亜紀の自宅にしかけられた盗聴盗撮器は、鐘尾盛輝と始末屋の死後、全て撤去されている。

 芳川が二人の好みの飲み物と食事をテーブルに置いて去った。
 亜紀はふたりに飲み物と食事を勧めて、書類を一枚、テーブルに置いた。
「食べて飲んでね。仕事は以前と同じよ。内容はここに。読んで、記憶してね・・・」
 洋子と永嶋は飲み物を飲みながら書類に目を通して互いに頷き、永嶋が言った。
「わかりました。任せてください。しばらく様子を見ましょう」
「では、アドバイスということで・・・」
 亜紀はテーブルの下から二人に厚みのある封筒を手渡した。
「姐さん。前回も二回分だったのに、また二回分ですよ」
 洋子が恐縮している。
「ある時にしかお礼できないから、今のうちにお礼をしとくの。ちゃんと控えてあるから、気にしないでね。
 今日はゆっくりしていってね。もうちょっとしたら、佐枝と芳川も来るから。
 私を気にせず、食事してくださいね」
 そう言って亜紀はふたりに食事と飲み物を勧めて、その場で書類にライターで火を点けて灰皿に入れた。前回、皇居ランの際に後藤総理が急死したあと、洋子と永嶋は内調内部の動きを探っている。現在、与党総裁選が近いため、副総理が実務を行って総理不在だ。

 午後十一時。
 閉店時間になった。芳川が店内を片づけて従業員を店から送りだし、佐枝がカウンター内を片づけると、亜紀が芳川と佐枝を奥のボックス席に呼んだ。
「佐枝ちゃんから説明してあげてね」
「わかりました。通信記録を変更できないように、作りかえるのは可能か?」
 佐枝は永嶋にそう訊いた。
「ええ、できますよ。で、どうしますか?」
 永嶋と洋子は食事を中断してビールを飲みながら話している。
 佐枝は説明する。
「これから話す筋書きに、内調の通信と電話の記録を書き換えてほしい。
『後藤副総理が息子の宮塚登に指示して、与党幹事長と前幹事長と内山総理を死なせ、総理になった。
 その報復として後藤総理が死んだ。息子の宮塚登は父・後藤総理を亡くした報復に一連の経緯を知る者を抹殺して内調の主幹になった。そして、異母兄の木村巧内閣情報官を抱き込み、残った何も知らない与田に全ての罪を着せて、抹殺しようとしている』
 以上だ」

 永嶋は状況を把握している。一連の事件の経緯を知る者が抹殺されたのは事実だ。
「わかりました。内調の電話と通信の記録を合成してそのようにします。
 本人の言葉をそのまま使って音声波形を繋ぐから、合成の証拠は残りません。
 合成完了後、メモリーカードをどうしますか?」
「与田はヤツラの標的になってる。メモリーカードを送って与田に対策を考えさせる。
 与田を通じて、宮塚主幹や木村内閣情報官と対立する者にメモリーカードを送らせよう」
「わかりました」
「内調に気づかれずに与田と連絡を取りたい。できるか?」
 佐枝は永嶋にそう言った。
「できます。内調の盗聴を停止してそのあいだに電話するか、監視カメラを停止して直接会うかですね」
「記録の書き換えにどれくらい時間が必要か?」
「内調の記録を入手すれば、数時間で書き換えられます」
「明日中に書き換えを完了して、メモリーカードを三つ作ってくれ。
 一つはあなたが保管し、二つを私にくれ。一つは与田に渡す。
 私たちに何かあったら、メモリーカードのコピーをマスコミと警察に渡せ」
「わかりました」
 永嶋は、佐枝が永嶋と洋子の身を守ろうとしているのを理解した。

「与田がいつまで長野にいるか、調べられるか?」
 佐枝は永嶋の目を見た。永嶋はおちついている。
「ホテル・ナガノの事故で、長野中央署が与田を調べてます。
 与田の、内調関係の尾行はなくなりましたが、今、警察に警護されてます。その後は内調が尾行するでしょう。長野で会うのは危険です」
「わかった。会うのは電話記録の書き換えが終ってからにする。
 明日中に、記録を書き換えてくれ」
「わかりました」
「さあ、話はここまで。食べて飲んでね」
 亜紀は話を終らせようとした。
「明日の夜、洋子と飲みに来ます。その時メモリーカードを渡します」
「わかりました。食事をじゃましてすまなかった」
 佐枝は食事を続けるように示してワインを飲んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み