七 捜査対象

文字数 3,046文字

 十一月二十七日、日曜、午前〇時すぎ。
 与田はホテル・ナガノの五階の客室でベッドに寝転んでいた。
 内調は下請けの始末屋を使って、始末をしくじった下請けの始末屋を始末する。阿久津が正式な始末屋なら、始末されていたはずだ・・・。フロントから受けとった手紙に、
『始末されたくなかったら、後藤総理の死亡原因を調査して、関係者を始末しろ』
 とあった。主幹は、
『始末をしくじったパソコンショップの始末屋関係者は始末されるが、阿久津、お前を始末しないから、与田を始末しろ』
 とでも言って阿久津を脅し、阿久津を俺に差しむけたのだろう・・・。
 部屋の外には警護の警官が二人いる。おそらく、ロビーにも警護の警官がいるはずだ。警官の中に、宮塚主幹の下請けの始末屋がいるかも知れない。動く時は警戒しよう・・・。

 内調は街中の監視カメラで俺の動きを監視している。阿久津は内調の情報で俺の動きを知ったのだろう。俺個人のスマホを持ってきたが、内調はあらゆる通信の盗聴が可能だ。俺の通話は全て内調に筒抜けと考えた方がいい・・・。
 佐枝に盗聴器の製作は断られた。これまでの内調の盗聴方法では、宮塚主幹と木村内閣情報官に気づかれる。なんとしても先手を打って、新たな始末屋を処分しなければ、俺が始末される。何か方法は・・・、くそっ何もない・・・。与田は天井を見ながら考えたがアイデアはない。寝るか・・・。与田がそう思っているとドアの方でカサカサと音がした。

 起き上がってドアを見ると、ドアの下から封書が差しこまれている。
 手紙爆弾か?そう思って封書を見るが、薄く厚みがない。ドアの外に人の気配はない。
 与田はすぐさま壁に身を隠してドアを開けた。顔だけドアの外へ出して、左右、通路を見たが、警護の警官がいない。与田はドアを閉じてベッドに戻り、封書を開いた。
『後藤総理の死に関係した者を始末しろ。任務が完了したら戻ってこい』
 と便箋に書いてある。これが主幹からの指示だ!この手紙から判断して、宮塚主幹は誰が後藤総理を始末したか知らないが、俺を疑ってる。後藤総理を始末したヤツを消さない限り、俺を始末する気だ・・・。そうなると、フロントに封書を届けた阿久津は宮塚主幹の手の者ではない。いったい阿久津は誰の指示で封書を届けたのだろう・・・。二つの手紙の送り主が誰であろうと俺の標的が決った。後藤総理の息子、宮塚主幹と木村内閣情報官だ。

 十一月二十七日、日曜、午前八時すぎ。
 与田はホテルの電話を使って、長野中央署の間霜刑事に連絡した。昨日の阿久津裕の死亡事件もあり、間霜刑事は長野中央署にいた。
「午前〇時に警護が消えた。脅迫めいた手紙が入った封書がドアの下にあった!
 警護はどうなってる?封書をドアの下に入れたのは、警護の警官だろう?
 そいつを捕まえて、俺に会せてくれ!」
 長野中央署刑事課で間霜刑事が与田に答える。
「早急に調べます!私は警護の警官に、引きあげるように指示していません!
 脅迫めいた手紙とは、どういう物ですか?」
「後藤総理の死に関係した者を始末しろ、実行しなければ俺を始末する、とあった。
 五階のこの部屋を警護していた警官が一枚絡んでる。そう見てまちがいない!
 なんとしても警官を探せ!
 警護の警官を引きあげさせたのは誰か、至急、探してくれ!」

「わかりました。すぐに探します!」
 間霜刑事は通話を切って生活安全課へ連絡した。警護していたのは生活安全課の警官だ。指示できるのは巡査部長だ。
「林巡査部長!昨夜のホテル・ナガノを警護していた警官は誰だ?」
 生活安全課の林巡査部長が答える。
「それが・・・、五階を警護していた二人が見あたらないんです」
「どういうことだ?」
「警護していた警官は生活安全課の、交番勤務になった新人と聞いてたんだか・・・」
「いないのか?」
「はい」
「こっちに来て説明しろ!」
「わかりました」
 電話が切れた。

 しばらくすると林巡査部長が刑事課に来て説明した。
「部外者が二名、警官に化けてホテル・ナガノの五階を警護していました。
 阿久津裕の関係者だと考えられます」
「その根拠はなんだ?」
「転落死した阿久津に代って、与田を始末するため・・・」
「ばかめ!警護の二人が始末屋なら、警護などせずに与田を始末したはずだ!与田に脅迫状を置いて消えた二人の偽警官は阿久津とは無関係だ!
 林巡査部長!偽警官に気づかなかった君の不手際は、課長に報告しておく。
 職務に戻れ!」
「はい!」
 林巡査部長がその場から去ろうとした。

 まったくこのバカには呆れる・・・。そう思ったとたん、間霜刑事は、あの二人は正規の警官だと閃いた。与田を脅迫して殺人を強制する者たちが、林に指示して二人の警官に封書を与田の部屋に入れさせた。林は、与田を脅迫している者たちの一味だ。あるいは、与田を脅迫して殺人を強制する者たちが、林を脅迫して林に手紙を入れさせた・・・。林をどうやって脅迫した?
「待てっ!」
 間霜刑事が林巡査部長を呼びとめた。林巡査部長が驚いてふりむいた。 
「なんですか?」
「女房と子どもはどこにいる?」
 間霜刑事は林巡査部長を睨みつけた。林巡査部長は薄ら笑いして言った。
「家にいます」
「スピーカーモードで電話しろ。そして俺に電話を代れ!」
「・・・」
「どうした?電話しろ?」
 林巡査部長はは渋々妻のスマホに電話した。
「お母さんが死んだ!」
 林巡査部長のスマホから子どもの泣き叫ぶ声がした。

「林!誰に頼まれて、与田を警護している警官を引きあげさせた?」
「秋江が・・・」
 妻の名を言いながら林巡査部長が動揺しはじめた。
「木島!林のスマホの位置情報を調べろ!」
 間霜刑事(警部補)は木島刑事(巡査部長)にそう指示して林巡査部長に言う。
「オマエがどういうヤツラを相手にしているか、よく考えろ!
 ヤツラ、用無しになった者を全て始末するぞ!」
 間霜刑事が林巡査部長にそう言っているあいだに、スマホから、
「ギャッ!」
 と叫びが聞えて静かになった。通話はつながったままだ。

「ヤツラはお前を利用して与田を脅迫したんだぞ。与田を殺そうとした阿久津とは別だ。
 お前、その事を理解してるか?」
「妻と子どもを誘拐された!探してくれ!」
 林巡査部長は喚きだした。間霜刑事の言葉を聞いていない。
 間霜刑事が木島刑事に指示する。
「木島!スマホの位置情報がわかったら、すぐ現地へ行け!」
「位置がわかりました。現地へ行きます!」
「山本!木島とともに巡査を二人連れて現地へ行け!
 防弾ベストをしてゆけ!拳銃使用を許可する!」
「わかりました!」
 木島刑事と山本刑事が刑事課から出ていった。

 間霜刑事が林巡査部長に言う。
「ヤツラに女房と子どもを誘拐された時、なぜ、連絡しなかった?」
「指示どおりにしないと、始末すると言われた」
「ヤツラにどうやって指示された?」
「電話で指示された」
「与田に渡した封書を誰から受けとった?」
「昨日の朝、自宅の郵便受けに入ってた・・・」
「女房と子どもが誘拐されたのはいつだ?」
「昨日の朝だ。そのあとに電話で指示があって、郵便受けに、与田に渡す封書が入ってた」
「警官ともあろう者がなんてことだ・・・」
 林巡査部長の妻子は死んでいるだろう。ここ長野に始末屋の一味がいる。ヤツラは与田の動きを監視して阿久津に知らせていた。これは、いったいどういうことだ?なんとしても、ヤツラの実態を暴いてやる・・・。
 間霜刑事は、林巡査部長に指示した始末屋に捜査の狙いを定めた。
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