十一 尾行

文字数 1,883文字

 午後二時すぎ。
「林巡査部長は妻子が誘拐されたため自宅待機しているはずです。自宅に行きましょう」
 上田刑事は与田を覆面パトカーに乗せて、吉田五丁目のパソコンショップから北へ十分あまり走り、若槻東条にある衣料量販店の駐車場の、店舗の陰に覆面パトカーを停めた。
「あの家が林巡査部長の自宅です。二階にいるのが林巡査部長です」
 衣料量販店の広い駐車場の東側にある二階建ての民家を示し、上田刑事はグローブボックスから小型の双眼鏡を出して与田に渡した。
「パソコンショップの下田巡査と寺下巡査は、林巡査部長の部下です。
 玄関に車が止りました!男が二人、降りました・・・。あの二人は・・・。
 双眼鏡をかしてください!」
 上田刑事は与田から双眼鏡を取って、林巡査部長の家の前にいる二人の男を見ている。
「あいつら、誰だ?」
「生活安全課の棚橋係長(警部補)と三好課長補佐(警部)です。
 妙です。もう昼休みの時間じゃないです。
 しかも、今回の件にあの二人は無関係のはずです。なぜ、私服なんだ?」
 現在、午後二時をすぎている。

 生活安全課の二人は林巡査部長の家の玄関ドアの前で、背広の内側から銃を取りだした。オートマチックのサイレンサーだ。
「林の口を封じる気だ!車を出せ!」
 与田が上田刑事にそう言うあいだに、オートマチックのサイレンサーを持った林巡査部長が玄関のドアを開けて男二人を撃った。男二人も林巡査部長を撃った。
 林巡査部長がドアの内側へ倒れた。戸外の二人がよろめきながら車に乗って急発進した。

「とっ捕まえよう!早く車を出せ!」
「待ってください!林巡査部長が四発撃たれました!救急車を手配します!
 棚橋係長と三好課長補佐も腹を二発ずつ撃たれました。病院へ行かない限り、助からないし、身元ははっきりしてます!」
 上田刑事は間霜刑事に緊急連絡して状況を説明し、救急車の手配を要請した。
「早く、追え!ヤツラ、仲間に会うはすだ!組織全員をとっ捕まえるんだ!」
「わかりました!」
 上田刑事は車を発進し、棚橋係長と三好課長補佐の車を追った。
 車中で上田刑事が言う。
「始末屋の組織が林巡査部長に不始末の責任を取らせた!
 生活安全課の棚橋係長と三好課長補佐が始末屋組織の幹部と言うことですね!」
「林巡査部長は俺の始末を断って妻子を消されて、本人は口封じされたんだ。
 警察の役職と始末屋での立場は無関係だ」
 始末屋は、始末するか、始末されるかだ。始末をしくじれば自身が始末される。そういう組織に上下関係はない・・・。

 棚橋係長と三好課長補佐の車は若槻大通りを南下し、SBC通りを右折して西へ走り、家電量販店の駐車場に入って、店舗裏から製品倉庫に入った。
「始末屋組織の本部がここにあるんですかね?」と上田刑事。
「阿久津が死んで長野の始末屋組織が消えた。新たに松本の始末屋が進出したんだ」
「そうなると大変ですね!中に入りましょう!」
 上田刑事は車を製品倉庫へ乗り入れた。家電量販店は店員が多い。誰が始末屋か区別がつかない・・・。
 与田の乗った車が静かに製品倉庫に入った。左手奥、店舗への通路のそばに、追跡していた車が停まっている。上田刑事は製品倉庫内を見まわして、あっ、と驚きの声を発した。
「どうした?」
「棚橋係長と三好課長補佐の車があるのはわかるが、あっちの車は・・・」
 上田刑事が製品倉庫の右手奥にある車を示した。梱包された大物家電の横にグレーのセダンの後部が見える。ナンバーは刑事課の覆面パトカーのナンバーだ。

「木島と山本の覆面パトカーです。いやな予感がします。
 係長に連絡して援軍を送ってもらいます。
 与田さん。銃を持ってますね。口径の小さい方で援護してください」
 与田はショルダーバッグから22口径ベレッタM87サイレンサーを出してマガジンを交換し、バッグのベルトを袈裟懸けに肩にかけた。その間に、上田刑事は間霜刑事に連絡して、店舗を包囲するよう話している。
「了解しました。木島と山本が車にいるか確認して待機します」
 間霜刑事との連絡を終えた上田刑事は、ゆっくり車を移動させて家電製品の梱包の陰に車を停めた。
「覆面パトカーを確認して待機します。行きましょう」
 上田刑事が車を降りてベレッタ 92FS VERTECを構え、中腰で辺りを警戒した。安全確認すると上田刑事は与田に、銃を構えて車から出て中腰で身構えろ、と身ぶりで示している。与田は車を降りて銃を構え、辺りを警戒した。
 上田刑事が木島刑事と山本刑事の覆面パトカーに近寄った。
「うっ!」
 車内を見た上田刑事はそう言ったまま茫然と立ちつくした。
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