十三 新標的その一

文字数 2,341文字

 午前八時前。
 佐枝と芳川は佐枝のマンションに戻った。
「下請けは始末しました・・・」
 リビングのソファーテーブルにコーヒーを置きながら、佐枝は一人掛けのソファーに座っている亜紀に状況を報告した。亜紀は昨夜から佐枝のマンションに泊っている。
「標的はあと三人よ。わかるわね」
「それって?」
 佐枝は、三人がけのソファーに座っている芳川の隣りに座った。
「信一を消したのは下請けの始末屋。
 原因を作った鐘尾。始末の仕事を知った昌代と剛田。三人に責任を取ってもらう。
 信一は鐘尾の自宅にも盗聴器をしかけてたのよ・・・」
 木村電気店の信一は、大物与党議員の後援会からだと言われて、鐘尾盛輝の住居にも盗聴器と盗撮器をしかけていた。信一のパソコンにある盗聴記録から、鐘尾盛輝と妻の昌代、鐘尾金融の社員剛田毅の三人が、佐枝たちの仕事を知っていることが判明した。情報は亜紀を姐さんと崇める、木村電気店主の木村洋子からだ。洋子は口が堅い。信頼できる。
「佐枝ちゃんと吉川に、私から正式に依頼するわ。始末して!三人を!」
 亜紀は毅然と言い放った。亜紀の依頼は、夫の信一を消された木村洋子の依頼でもある。
「わかりました」
 佐枝が承諾した。芳川が頷いている。


 午後三時前。
 ホールに向かって、駐車場の左右両隅に二列ずつ駐車車両が並んでいる。
 駐車場のホールに近い右外側の駐車車列で、運転席後部座席の佐枝と、運転席の芳川は、亜紀がホールから出てくるのを待っていた。車は助手席側をホールの入口に向けて、車の後部を駐車場中央方向に向けて駐車している。芳川の車はフロントを除き、他は全てスモークシートが貼ってある。
 佐枝と芳川は車の右のドアガラス越しに、車の右側後方を監視した。右側駐車車列の内側中央部で、車前部を駐車場の中央に向けて運転席側をホールの入口に向け、参列者を迎えにきているらしい男がいる。男はホールの入口を望遠レンズ付きのカメラで見ている。カメラは、今朝、雲上台の道路に駐車した車中で男が持っていた、あの望遠レンズ付きのカメラと同じだ。
「まだ、始末屋がいた・・・」
「タイミングをみて、ドアガラスを下げる。佐枝さんが狙い撃ちしてくれ」
「ああ、スタンバイした。始末屋は鐘尾を口封じする気だろう。マダムは何があっても最後に出てくるはずだ」
「了解」

 午後三時。
 午後一時から始った信一の葬儀が終った。敦賀祭事ホールのロビーは、故人木村信一の親族しかいない。
「昌代。すまないが、車から手提げ紙袋を持ってきてくれないか。
 遅れたが、洋子さんに渡す物がある・・・」
 鐘尾は信一を死に追いやった原因が自分にあると気づいていた。金しか興味がない鐘尾は、信一に対するせめてもの手向けと思って、洋子に渡そうと高額の香典を手提げ紙袋に用意していた。
「わかったわ・・・」
 昌代は剛田とともに外へ出た。昌代は鐘尾が手提げ紙袋に現金を用意したのを知っていた。

 昌代と剛田がホールから出てきた。剛田が左内側駐車車列の、ホールに最も近い葬儀関係者駐車スペースにある車のドアを開錠して開けた。車は駐車場の中央を向いている。運転席側が始末屋から丸見えになっている。
「まったく何を考えてるんだろ。遠い親戚なのに現金を渡す気だわ」
 昌代は右側後部ドアを開けてシートから紙バッグを取った。手提げ紙袋は小さいが、大きさから考えて札束が六つ入っている。
「このまま逃げようか?鐘尾を消すように依頼したんだよね?」
「ああ依頼した。結果が出次第送金する。親爺は自分の香典を用意したも同じだ」
 剛田はそう言って運転席に座った。

 その時、芳川が監視している右側後方の車で、望遠レンズ付きのカメラを持った始末屋がカメラのシャッターを押した。
 同時に剛田が車のドアを閉めながら、小さく、ウッと言ってシートにもたれた。
「始末された・・・」と佐枝が囁いた。

「毅、どうしたの?まったく、飲みすぎるからよ。待ってなさい。これを届けてくるわ」
 剛田の異変に気づかないらしく、昌代はドアを締めると手提げ紙袋を持ってホールへ歩いた。
 ホール入口手前に、車の暴走進入を防止する三段の階段がある。昌代がその階段に足をかけた時、また、始末屋がカメラのシャッターを押した。
 昌代は首に強い違和感を感じて階段を踏み外して倒れ、階段の角に側頭部を打ちつけた。
 ロビーに居る葬儀参列者が悲鳴をあげて昌代に駆けよった。

「また始末された。鐘尾が出てくる・・・」
 佐枝がそう言っている間に、ホールから木村洋子たち葬儀参列者と鐘尾が駆けつけた。
「救急車を呼んでくれ!」
 鐘尾はそう言って昌代のそばに跪き、昌代に手を触れずにいる。周りに集った者たちは、頭を打った昌代を気づかって、鐘尾が手を触れぬまま寄りそっていると思った。
 鐘尾は内心、ほくそ笑んでいた。昌代の近くに転がっている手提げ紙袋を洋子に渡して、香典だと囁いた。

「今だ!」
 芳川が、車の右側前後のドアガラスを下げた。佐枝は望遠レンズの付いたカメラの焦点を、右側後方の車の運転席で鐘尾に望遠レンズを向けている始末屋の首筋に合せた。
 その時、始末屋が鐘尾に向けたカメラのシャッターを押した。同時に、佐枝が二度シャッターを押した。芳川も、男の右側頭部へ向けたペン型発射装置のボタンを押した。

 ホールの入口手前の階段に倒れている昌代のそばで、鐘尾は首に違和感を覚えた。同時に息苦しくなって胸が締めつけられて動けなくなった。
「くそっ、副総理は、この俺も消す気か・・・」
 手提げ紙袋を受けとった洋子は、苦しんでいる鐘尾が、はっきりとそう呟くのを聞いた。

 芳川の右側後方の車で、始末屋が望遠レンズを窓から車内に引っこめた。そのまま、悶えるようにシートにもたれた。
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