十五 捜査官という下請け

文字数 1,724文字

 十一月三日、木曜、午後三時前。
 後藤副総理に呼びだされて、与田捜査官は首相官邸五階の総理執務室に入った。
「昨日の件だ。死因はなんだった?」
「心不全でした」
「うむ。表向きはそうだ。それで真の死因はなんだ?調べただろう?
 検察官から報告が来ている。血中の微量成分まで分析しろと命じたそうだが、何を見つけた?」
「心不全として処理しました。記録はありません」
「記録は無くても、記憶はあるだろう。死因はなんだ?」
「はい・・・」
「捜査官。君の名はなんと言うかね?」
「与田直人です」
「では、与田。君は死亡した二人の新聞記者を調べたな?
 どういう者たちだった?何か不審な点はなかったのか?」

「新聞記者二人が、特殊な弾丸発射装置を使って幹事長と元幹事長を殺害し、内山総理を殺害したと判断できます。殺害後、二人は自殺しています」
 このタヌキめ。死亡した新聞記者二人はボールペン型発射装置とペンライト型発射装置を握って死んでた。首にかけていたのは発射装置内臓の望遠レンズのカメラだ。明らかに、二人は内調の下請けの始末屋だ・・・。始末を指示したこともなく、今後も指示を出さないなどと大嘘をつきやがって、許せねえ・・・。
「証拠はあるのかね?」
「はい。殺害に使った特殊発射装置と、指示のメモがありました」
 与田は特殊発射装置とメモの事を答えた。
「誰からの指示かね?」
「指示者は不明です。心不全で死亡したのですから、そのように処理しました。それでよかったのですね?」
「ああ、それでいい。君もわかっているようだから、この者を始末してほしい。この者たちが幹事長と元幹事長と内山総理、そして二人の記者を殺害したのだ」
 後藤副総理は『芳川佐枝、芳川守』のファィルを与田に渡した。

「そういうことなら逮捕するのでは?」
 こいつ、内調の下請けの始末屋を使って佐枝と芳川に標的を始末させ、その後、佐枝と芳川の口を封じるように指示していた。だが、佐枝と芳川に先手を取られ、二人を消すはずだった始末屋を消された。今度は、確実に佐枝と芳川の口を封じる気だ・・・。
「それでは、私も君も困るだろう。期限はつけない。始末してくれ」
「わかりました。では、これで失礼します」
 ついに本音を吐いた。始末の経験がある俺を脅してるつもりだろうが、お前が始末指示を自供した・・・。ここでの会話は全て録音して、俺の自宅のパソコンへ送信している。それくらい警戒しないと、こっちが危ない・・・。
 与田は慇懃にお辞儀して総理執務室を出た。

 午後三時。
 与田は首相官邸を出た。与田は上司に連絡した。
「ああ、上から内々に連絡があった。与田はそっちに集中してくれ」
「成田主幹。私は・・・」
「何も言うな。わかってる。指示に従え・・・」
「わかりました。直帰します」
「了解した」
「はい・・・」
 くそっ。また、始末の汚れ仕事を俺にまわしやがって・・・。
 与田は内閣府へ戻らずに国会議事堂前駅から丸ノ内線で東京駅へ行き、新幹線に乗った。

 五時前。
 高崎で両毛線に乗り換え、与田は前橋駅に着いた。クラブ・グレースはまだ開店していない・・・。前橋駅を出た与田は、クラブ・グレースまでの所要時間を調べた。
 ケヤキ通りを歩いて前橋市本町二丁目交差点を左折し、 国道50号 に入り、県厅方向の表示に向って進む。中央アーケード南交差点を右折して中央通りに入る。そのまま進めば立川町通りを渡って、弁天通りだ。ゆっくり歩いても三十分でクラブ・グレースに着く。
 こうなったら、のんびり中央通りと弁天通りのアーケード街を歩くしかない・・・。
 与田はのんびり歩いて中央通りのアーケード街に入った。

 それにしても、なぜ、後藤副総理は内山総理と幹事長と元幹事長を始末した?総理になりたいだけか?それだけで、内調と下請けを動かして三人も始末するのか?理解できん!
 下請けに指示できるのは成田主幹だけだ。成田主幹は後藤副総理の一派だ・・・。
 後藤副総理の派閥は与党内でも少数派だ。内山総理と幹事長と元幹事長の三大派閥のボスが消えて、派閥少数派の後藤副総理が党を支配する気か?こんな殺戮も厭わぬ者が総理になってはならない。葬られるべきだ・・・。与田は心の底からそう思った。
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