八　始末

　十一月二日、水曜、午後一時五十分。
　首相官邸一階記者会見室の後部壁際に椅子が並んでいる。佐枝と芳川はそれらの椅子の前に立って、背の高い三脚にカメラをセットして三脚を立て、三脚の手前に五段の脚立を立てた。
「テスト、聞えるか？」
　佐枝は脚立に登ってカメラのファインダを覗き、唇を動かさずに簡易無線ヘッドセットのマイクに囁いた。近くにいても佐枝は話しているようには見えない。
　三脚のそばにいる芳川が同じように囁いて応答する。
「感度良好。九時方向、標的確認、距離十、数二、指示頼む」
「現状維持しろ」
「了解」
　芳川はボールペン型の発射装置とペンライト型の発射装置を手にしている。

　記者会見室の正面右側の席に、官房長官と厚労大臣、経再大臣、与党幹事長、そして、元与党幹事長が座った。感染症対策の定例記者会見に与党幹事長と元与党幹事長がいるのは不自然だ。


　午後二時。官房長官が中央の演壇に立った。
「今回、内山総理から感染症対策の説明のあと、厚労大臣と経再大臣から感染患者に対する医療体制と、経済活動の推進について説明があります。総理。お願いします」
　官房長官が演壇を降りた。
　内山総理が会見室の正面右袖から現れて、演壇に立って話しはじめた。
「感染症対策について、定例の記者会見です。
　緊急事態宣言を発し、迅速に感染患者に対応する所存です。
　医療体制の拡充を図り、感染症検査を迅速に行い、患者を発見してまいります・・・」

「始末しろっ」
　佐枝が脚立の上で簡易無線ヘッドセットのマイクに囁いた。
「了解っ」
　芳川が標的に向けて、ボールペン型の発射装置とペンライト型の発射装置の発射ボタンを押した。すかさず、佐枝は標的に向けたカメラのシャッターを切った。

　記者会見室の左側後部で記者の二人が椅子に倒れた。
　記者会見室の正面右側の席で、幹事長と元与党幹事長が椅子から崩れ落ちた。
　椅子から崩れ落ちた元与党幹事長を見て、
「ワクチンを国民の・・・、国民の・・・」
　内山総理が演壇のマイクをつかんだまま崩れ落ちた。
「救急車を呼べ！」
「会見室を封鎖しろ！誰もここから出すな！」
　記者会見担当官が叫んだ。警護官が幹事長と元与党幹事長に駆けよった。報道関係者と政府関係者はみな、三人のウィルス感染を疑った。

　演壇に駆けよった医務官は、演壇の横で仰向けになっている内山総理に心肺甦生法を施したが、内山総理は目を見開いて虚空を見つめている。医務官は内山総理の首に指を触れた。脈は無い。他の医務官は幹事長と元与党幹事長を診た。こちらも二人の脈は無かった。
　会見室の左側後部で、警護官が椅子に倒れた記者の二人に駆けよった。二人の首筋に手を当てて、他の警護官に首を横にふっている。

　救急隊員が記者会見室に駆けつけた。内山総理と幹事長をストレッチャーに乗せて、首相官邸会見室から救急車に運んだ。首相官邸の玄関に停止している救急車に内山総理と幹事長を乗せて、救急車はその場から走り去った。さらに二台の救急車が来て、元与党幹事長と二人の記者を乗せて走り去った。
　記者会見室では官房長官が、ウィルス感染者が出たらしいと事態を説明している。会見室は、内山総理たちが倒れた時から封鎖されたままで、報道関係者は会見室に隔離された。

　内閣府は、感染症対策の定例記者会見の様子をタイムラグをとって報道各局へ配信していたため、倒れる内山総理と幹事長たちの映像配信をただちに中止していた。
　ＴＶ報道各局は番組を特別番組に変えて、視聴者に事態の急変を詫びた。