三 依頼された標的

文字数 2,454文字

「お母さんからメールだよ」
 リビングのソファーで、佐枝は、スマホに届いた亜紀のメールを芳川に見せた。
「母さん、元気そうだな・・・」
 芳川も状況を心得ている。佐枝に調子を合せて、佐枝とともにメールの内容を確認した。
 亜紀が、出入りの木村電気店の婿を追及した結果、都内にある大物与党議員の後援会に頼まれて盗聴器と盗撮器をしかけた事が判明した。スマホとノートパソコンはセキュリティーかしっかりしている。乗っ取りもハッキングもされていなかった。

 佐枝は考えた。
 実の依頼者が後援会と称する下請けに指示してノートパソコンにメールを送って仕事を依頼した可能性が高い。大物与党議員の下請けは何者だろう?
 亜紀は私のノートパソコンのメールアドレスを知らない。亜紀や亡き鷹野良平の筋からアドレスは漏れない。おそらくセキュリティが甘い銀行のネットバンクからアドレスが漏れたのだろう・・・。
 では、私たちの仕事をどのようにして知った?鷹野良平の関係筋の右翼からか?とかく権力を持つ者は、いつも自分の一存が通ると過信し、ここだけの話と言って、平気で極秘事項を公言してしまう。口の軽い大物議員と同じだ・・・。
 もしかしたら、大物議員が口の軽い大物議員を口封じしようとしているのか?
 まだ、ノートパソコンの仕事依頼メールを開いていない。メールを開けば、開封確認が返信されて依頼を承諾したことになる。依頼を断れば、下請けは、私たちと私たちの関係者の口を封じるだろう。このマンションも盗聴盗撮されている。安全策はないか?
佐枝はある事を思いついた。
「買いたい物がある。散歩がてら外へ出たい。いいかな?」
「ああ、いいよ」
 芳川がスマホを見たまま、佐枝の太腿に手を触れて、わかったと頷いている。

 部屋を出て五階からエレベーターで一階に降りた。車も盗聴器がしかけられている可能性がある・・・。駐車場へ歩いて、監視カメラの死角で佐枝が芳川に言う。
「ホームセンターへ行ってほしい」
「了解」
 佐枝と芳川は余計な事を話さずに、車に乗った。


 二十分後。
「盗聴器と盗撮器を見つけたら、どうすればいいと思う?」
 佐枝と芳川はホームセンターの家電フロアを歩いている。
「依頼主は、見つけられるのを承知で盗聴器と盗撮器をしかけてると思う。
 佐枝さんが気にしてるように、メールが来た時点で、依頼を受けるか、依頼主の下請けに口を封じられるか、どっちかになった」
 芳川も、依頼主が後援会と称する始末屋に標的の始末を依頼した、と考えている。
「盗聴盗撮の探知器を買って、しかけられた器具を外そう。
 標的から依頼主と下請けを割りだすのはそのあとだよ・・・」
「ここに探知器があるのか?」
「こういう所の方が、思ってもみない物がある。なければ、目的の物がどこで売られているか、訊けばいい。家電量販店は他の専門店を敵対視してるから情報を言わない」
 佐枝は通信機器のコーナーで商品を見た。最新の商品の裏に、盗聴盗撮電波探知器があった。探知機能だけでなく、あらゆる周波数帯の通信を傍受できる代物で、電波法の改正によって現在は生産不可になっている商品だった。

 会計をすませて車に戻った。芳川は探知器を使って車を調べた。ヒューズボックスとドライブレコーダーから不審電波の反応がある。ただちにヒューズボックスから盗聴器を外し、ドライブレコーダーとともにアルミ箔で包み、アイスボックスに入れて施錠した。
「これで車内は安全だ。車を使う時は事前に調べたほうがいいな」
 芳川がそう言った。


 マンションに戻った。ガレージを調べたが不審電波は出ていない。駐車スペースの天井に監視カメラがある。監視映像をハッキングされている可能性がある。
 マンション内に入ってエレベーターに乗った。ここにも廊下にも監視カメラがある。不審電波は出ていないが、監視映像はハッキングされているだろう・・・。

 部屋に戻った。
「さて、盗聴器と盗撮器を探そう」
 車の盗聴器と盗撮器を外した時から、状況は、依頼主の下請けと思われる者に気づかれているはずだ。今さら密かに行動しなくていい。佐枝は、盗聴器と盗撮器の探知と取り外しを芳川に任せ、ソファーに座ってテーブルのノートパソコンのメールを開こうとした。
「ちょっと待て。一応、確認する・・・」
 芳川が探知器のアンテナをノートパソコンに向けた。不審電波は出ていない。芳川は、心配ない、と佐枝に目配せして、佐枝と芳川が運びこんだ家電や照明器具を調べた。不審電波は出ていなかった。
 さらに備え付けの照明器具と家電、火災報知器、ガス検知機、コンセントを調べた。全ての器具から不審電波が出ている。芳川は佐枝に頷き、盗聴器と盗撮機を外す作業を開始した。

 芳川のスマホも、私のノートパソコンもスマホも、マダムと同じセキュリティーソフトを使っている。マダムのノートパソコンとスマホがハッキングされていなければ、芳川のスマホも私のノートパソコンとスマホも安全だ・・・。
 マダムは、長野のクラブ・リンドウと自宅に盗聴盗撮器がしかけられているのを知らぬふりしている。仕事の依頼を知らぬ事になっているマダムに、直接危害がおよぶとは思えないが、仕事の依頼メールを無視すれば、依頼主の下請けは、私の関係者に危害を加えると言って脅すか、私と芳川の口を封じるはずだ・・・。佐枝はそう思いながらソファーに座り、芳川に目配せしてノートパソコンを起動してメールを開いた。
 メールをしばらく読んで標的と依頼額と入金方法を確認し、ネットの地図アプリを起動して指定された住所を調べた。都心の高級住宅街に広大な住居がある。持主の名は公になっていない。佐枝は住所から持主を検索した。
「これは・・・」
 現れた持主の名に、佐枝は唖然とした。そして、佐枝のノートパソコンをハッキングも乗っ取りもできなかった事から判断して、ノートパソコンのメールアドレスが銀行から流れたと確信した。依頼主の大物与党議員は、都市銀行に圧力をかける地位にある・・・。
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