八 タクシー運転手

文字数 1,192文字

 午前〇時に店がはねた。
「明日の休み、俺につきあってくれないか・・・」
 フロアマネージャーの芳川が、佐枝と目を合せずにそう言った。
「なんでしょう?」
 佐枝は用件を訊いた。
「鷹野秀人の事故現場に花をたむけたい」
 芳川は鷹野秀人を呼び捨てにした。芳川は鷹野秀人と親しかったらしい。
「わかりました」
「そしたら、長野駅の東口バス乗り場で一時に。車で迎えに行くよ」
 そう言って芳川は佐枝と目を合せぬまま、店内の片づけを続けている。

 芳川が鷹野秀人の事故現場に行くなら一人で行ける。私を誘う必要はない。鷹野秀人の事故現場に花をたむける事より、私の私生活を知っていそうな芳川が気になる・・・。
 佐枝の自宅は長野駅東口近くのマンションだ。東口バス乗り場は目と鼻の先だ。
「お先に失礼します」
 カウンター内を片づけて、佐枝はクラブ・リンドウを出た。アーケード街を抜けて、長野大通りへ出て、長野電鉄権堂駅付近から、予約していたタクシーに乗った。

『店の人が、私をどこで降ろしたか、訊いたことがありますか』
 そう運転手に訊こうと思ったが、訊かずにいた。訊けば運転手は、店で何かあったな、と勘ぐる。鷹野秀人の事故のあとだ。タクシー運転手なら鷹野仏具店も鷹野秀人の死を知っているだろう・・・。
 佐枝がそう思っていると運転手が、
「鷹野仏具店の若旦那も災難でしたね」
 ぽつりぽつりと話しはじめた。車内に表示された運転手の氏名は小林富雄だった。
「お店の方で、うちのタクシーを何度も使っていただいてましてね」
「そうですか・・・」
 佐枝は相槌を打つように言ったがそれ以上何も言えなかった。
「こんな話、深夜にする話じゃないですね」
 運転手は佐枝の思いを感じたらしく沈黙した。

 佐枝は小林運転手から、鷹野秀人がこの運転手のタクシーを利用していたのを感じた。なぜ、小林運転手がその事を話さないのか佐枝は気になった。佐枝は話題を変えた。
「長野駅の近くに、花屋さん、ありますか?明日、たむけようと思うんです・・・」
「駅ビルの中にも、駅ビルを出てすぐ右手にもありますよ。
 鷹野の若旦那、店の常連でしたもんね・・・。喜びますよ・・・」
 佐枝は鷹野秀人の名を一言も口にしていなかった。
 運転手の小林は鷹野秀人と親しかったらしく、鷹野秀人についていろいろ語った。小林運転手が語る鷹野秀人の話に、クラブ・リンドウや鷹野仏具店は何も出てこなかった。
 小林運転手が知っているのは鷹野秀人が定期的に佐枝の務めるクラブ・リンドウへ通っていた事と、数年前まで鷹野仏具店の店主がクラブ・リンドウに通っていた事だけだった。
「お疲れさんでした」
「ありがとうございました」
 佐枝はマンションの前でタクシーを降りた。佐枝に挨拶する小林運転手にお辞儀して、タクシーを見送った。
 あの運転手は気にしなくて良さそうだ。フロアマネージャーの芳川は警戒したほうがいい・・・。
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