第44話 カタストロフィ 第七話

文字数 1,879文字



 数日後、ふたたび、高級マンションの集会所――。
 本日も、役員を前にして、鈴木会長がロケット花火事件の調査報告を行っている。
「……というわけで、犯人は、前の団地の住人の中にはおりませんでした」
「う、うそよ!!」
 山田さんが、拗ねたように唇をとがらせる。
「あの悪ガキども以外に、だれがいるっていうのよ……」
 うろたえながらも、鈴木会長が、ことばをつづける。
「……し、したがいまして、この件につきましては、ひきつづき、調査を行ってまいりたいと……」
「ちょっと、待ったアアァァァ!!!」
 だしぬけに、集会所の扉が開き、大音声が轟いた。
 な、なんだ、なんだ、なにごとだ……集会所が、にわかに騒然となる。
 役員ことごとく、慌てて、入口に目をやる。
 見ると、そこにいたのは、あの学者然とした高木さんだった――。

 そう言えば、今宵はもとより、高木さんの姿が見当たらなかった。
 というわけで、ファシリテーターは、あの園田さんが勤めていたのだった。
「な、なんなんですか、いきなり、高木さん」
 やや憮然として、園田さんは、非難交じりの口調で言った。
「突然押しかけまして、誠に申し訳ございません。ただ、こうして押しかけましたのも、実はロケット花火の犯人がわかったからなんです。それを今宵、ここにお集まりになったみなさんに、ご報告しようと思いましてね」
「え⁈   犯人が! ほ、ほんとうですか、高木さん?」
 この突然の展開に、園田さんが身を乗り出すようにして、興奮気味に言う。
「ええ、ほんとうですとも」
 高木さんはニコッと微笑んでうなずくと、役員こぞってきょとんとしているのを尻目に、スタスタと園田さんの元に歩み寄った。そうして、園田さんに顔をスッと寄せると、しばらくの間、こそこそと、なにやら耳打ちしていた。
 園田さんは、え! とか、ほほう、とか、なんですって!! とか、いろんな表情を忙しく変えながら、それに耳をかたむけていた。
 
「えー、みなさーん!!」
 ほどなく、ファシリテーターの園田さんはそう口を切ると、ひとつ咳払いをして、こうつづけた。
「ただいま、高木さんから、本日の会議の議題の変更についての、動議がありました」
 議題の変更⁈
 その動議ですって⁇
 ふたたび、集会所が、騒然となる。
「ご静粛に! 本日、ファシリテーターの任を授かっているわたくし園田は、彼の動議に賛同いたしました。なので、ここでみなさんにそれを披露させていただき、本日の会議をその議題に変更してよいかどうか、ここで多数決をとりたいと思いますが、いかがでしょう!」
 ほう、そういうことか。
 なら、どういう動議なのか、早く披露してくれ。
「えー、どういう動議かと申しますと、ロケット花火事件の犯人がわかったんで、本日の議題は、その報告会に変更してほしいということなんですよ」
 おお!!!
 集会所が、にわかにどよめきに包まれる。
「犯人がわかったので、報告してくれる――というのであれば、だれもこばむ理由などありませんよ」
 そう言って、役員のひとり菊池さんが、賛同の意を表わす。
「むしろ、早く報告してほしいぐらいですわ」
 イタズラっぽい目つきを鈴木会長に向けて、山田さんが言う。
 そうだ、そうだ!!
 わいわいがやがや!!
 集会所のあちらこちらから、賛同の声があがる。
 流れは完全に、高木さんペース。
「みなさん異議なしということで、高木さんの動議を認めます。それではこんやの議題を、急遽、ロケット花火の真犯人報告会、というふうに、変更させていただきます」
 園田さんがそう言うと、高木さんは、わが意を得たりと満足そうにうなずいた。
「では、さっそく、高木さんから、報告していただきます」
 そう言って、園田さんは、高木さんにマイクを手渡す。
「えー、改めまして、高木です。では、だれが真犯人か、わたしの方から、ご報告させていただきます」
 おお、いよいよか!!
 役員皆一様に声を殺して、そっと、成り行きを見守る。
「今回、わたくしどものマンションに、ロケット花火を打ち込んだ犯人は、と申しますと――」
「――と申しますと?」
 静寂の中、山田さんがごくりと唾を呑む音が、かすかに聞こえる。
「だれあろう、前の団地の――」
「あ! ほら、やっぱり、あの悪ガキどもの仕業だったんだわ!!」
 喜色満面の笑みを浮かべた山田さんが、フライング気味に吠えた!
「その通り……彼らでした」
 そう言って、高木さんが、大きくうなずく。
「う、うそだ! うそだ!! うそだアアァァァ!!!」
 顔を真っ赤にして、鈴木会長がかぶりを大きく横に振った――。


つづく
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