第14話 似た者同士
文字数 1,897文字
都内の、とある高等学校――。折しも、夏の名残がようやく見られなくなった十月の中旬。
お昼休みに日向ぼっこでもしようと、中庭にある広場に生徒が三々五々集まってきた。
この広場の一角に、わりと大きな池がある。その周りには芝が植えてある。もちろん、そこは立ち入り禁止だ。
が、それにもかかわらず、その上で、柔らかな陽光が浴びながら、二人の男子生徒が大の字になって寝転がっている。ちょっと、やんちゃな生徒たちであるらしい。
その二人のうちのひとりが――名を祐二というが、だしぬけに、半身を起こして、隣の――彼の名は浩介というが、顔を覗き込むようにして、話しかけた。
「なあ、浩介、大事な話があるんだ、聞いてくれる」
話かけられた浩介が、大儀そうに、裕二に
「……金なら、ねぇよ」
ぴしゃっとした、にべもない言い方で。
「ターコ、だれがお前みたいな貧乏人に、金の相談すっかよ」
聞いたとたん、浩介は、はあ! と口をポカーンと開けて、にわかに半身を起こした。それから、裕二の顔をまじまじと見つめながら、言った。
「よく言うよ、裕二くん。キミ、昨日なんて言った。ねぇ、浩介さま、明日バイト代入るから、ちょっとコーラ代を貸していただけませんかって、気色悪い猫撫で声で言ってたよね」
それを聞いた祐二は、ふんと鼻で笑って、こう切り返す。
「あのなぁ、そういうのは大事な話って言わねぇの。っていうより、そいつはツルんでるわれらがより意思疎通をはかる、その儀式……っていうか、おまえ、ひょっとして、コーラ代もねぇの?」
「ああ、ねぇよ……」
不貞腐れたように言って、浩介はふたたび体を芝生に横たえた。そして浩介は「っていうか、お前もねぇじゃん。まだバイトに行ってねぇからな、へへ」とうすら笑った。
「……」
これには裕二も、ぐうの音も出ない。
くやしそうに浩介の横顔を目の端で覗きながら、裕二は、こう思って唇を尖らせる。
こっちがマジで相談しようとしてるのに、そんなつれない態度とらなくたっていいじゃん、と。
そして、さらに思う。
やっぱ、こいつに相談しようとしたオレが、バカだったんだ。どうせ、ろくな答えなんて返ってきやしねぇんだからな、とも。
実はこの二人、幼馴染だ。祐二は、だから、そんなことはもとよりわかっている。
だというのにな――深く、ため息をついて、ふたたび、祐二は芝生に寝っ転がって、内心舌を打つ。
オレも学習能力ねぇよなぁ、と思って。
幼馴染の浩介のことを、裕二はかねがね、こう思っている。
なるほど、こいつは、言われたことはそれなりにこなす。
といって、自らが率先して新しいなにかにチャレンジしようとか、まして、身近でなにかトラブルが発生したりしても、それを自らが率先して解決しようなどいう、そんな気概はない。
そのくせ、バイト先の先輩たちからは「なんか憎めねぇんだよな、あいつ」と、わりと評判がいい。
たしかに、口は悪いが心根の優しい、いい奴ではある。それは、まあ、認めよう。だからといって、面と向かってそれを言えるかって問われたなら、思いっきり強くかぶりを振るけど……。
それでもやっぱ、心のどこかで「親友」って認めているから、こうして、ツルんでる。
でも今日のように、真剣な相談がしたいってときは、残念ながら、頼りないんだよねぇ、こいつ……。
一方、浩介が思っていることも、それと綺麗に重なる。
類は友を呼ぶ、とはいみじくも言ったもので、二人は幼馴染の似た者同士。なので、思考も行動も、大方似通ってしまうらしい。
ま、こいつの大事な話ってのはおうおうにしてくだらねえんだよな。
隣で寝っ転がる祐二に一瞥をくれながら、浩介は浩介で内心思う。
こいつは、大事な話って言うけど、どうせ、またバイト先で失敗しちゃった……だから、どうしたらいい、とか、昨日のようにコーラ代貸しておくれよ、とか、とにかく、そんなくだらねぇ話ばっかなんだ、いつも。
だから、マジで聞いてるのって、バカらしくてしょうがないんだよね、これが。
そりゃ、まあ、いいとして、きょうだけの付き合いじゃないんだ。これからも長く付き合っていくんだ。だから、昨日貸したコーラ代だけは絶対に返せよな、祐二くん。
キンコンカンコン――。
校内に、午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
若い二人はまだ、知る由もない。
お互いが、こうして、たわいなく愚痴をこぼしている時間――それが、やがて大人になったとき、どんなにかけがえのない時間だったかを、今さらのように、嚙み締めることなど……。
おしまい