第24話 不思議な箱のおはなし 前編

文字数 1,370文字

「あなた、この箱捨てちゃうわよ」
 だしぬけに、ぼくの部屋を掃除していた妻が言った。
「ダ、ダメだよ、そんなことしちゃ」
 ぼくは慌てて、その箱を手に取ると、サッと背中の後ろに隠した。
「だって汚いし、なにより気持ち悪いんだもん、その箱……」
「な、なんてこと言うんだ」
 ぼくは気色ばむ。
「わが家はこの箱のおかげで、これまで幸せにやってこれたんだ。それなのに、捨てちゃうだなんて……そんな身も蓋もないこと言うもんじゃない!」
 毅然とした顔と口調で、ぼくは言い放った。
 
 この箱が、ぼくの手元にあったのはいつのことだったろう――。記憶は霞がっかってぼんやりとしている。
 ただ、物心ついたときにはすでに手元にあったのだけは、たしかだ。もっとも、どのような経緯でぼくの手元にあったのか。それは定かではないのだが……。
 それでも、いままでずと、ぼくの傍らにあって、ぼくに様々な恩恵を授けてくれたのは紛れもない事実だ。
 たとえば、かつてぼくが大学進学のために上京して、安普請のアパートで暮らしをはじめたときも、そうだった。就職して会社の寮に入ったときも、それからまた、結婚していまのマンションに新居を構えたときも、この箱を傍らに置いていることで、ぼくはいろんな恩恵を授かってきた。
 そのおかげで、ぼくはこれまで幸せな人生を歩んでこれたし、それはまた、ぼくの家族も同様だ。したがって、これから先もこの箱があれば、ぼくはずっと幸せな人生を歩んでいける、と信じてやまない。それほど、ぼくはこの箱に絶大なる信頼を寄せている。
 でも妻は、この箱のおかげで幸せな家庭が築けているなどとは到底思っていない。いや、それより、怪しげな箱だと思って毛嫌いすらしている。だから、事あるごとに「捨てていい?」と言って、ぼくを困らせる。
 その都度、わが家は、(くだん)のようなやりとりが繰り返されている。

 それと同時に、この箱については、こんな声もある。
「ところで、その箱の中には、いったい、何が入っているんだ?」
 かねていろんな人から、そう尋ねられてきた。中には、うっとうしいくらいしつこく、尋ねる人もいる。
 そしてなにより、いちばん身近にいる妻からも、同じような質問を頻繫に受けてきた。
 でも、妻だけではなく、これまで尋ねてきた人のことごとくに、ぼくは口を閉ざしてきた。
 どうして、それを打ち明けないのかって。
 何ももったいぶってるからではない。というより、そうしなければならない理由があるから、あえてぼくはそうしているまでだ。
 したがって、それについてはこれから先も、頑なに口を閉ざしていよう、というふうに、ぼくは思っている。
 ということで、この『不思議な箱のおはなし』は、これにて。それでは、みなさん、ごきげんよう――。
 
「おーい、ちょっと、まったぁ!!」
「あ、は、はい……」
 まいったなぁ……。うっとうしいくらい、しつこく尋ねてくる人だ。
「おまえ、それはねぇだろうよ」
「え⁈ ダメ?」
「あったりめぇだろうが。ここまで話しておいて――。正体を聞かなきゃ、寝起きが悪くてしょうがねぇや」
「いや、ほら、だって、ねぇ……」
 これは個人情報だし……。
「だってもあさってもねぇんだよ。その箱の中には何が入ってんだ。つべこべ言ってねぇで、とっとと、教えろってんだ、このすっとこどっこい!!」


つづく
 
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