第13話 国づくり 後編

文字数 2,383文字


 わずかな間のあとで、王様が口を開く。
「このメインディッシュはなんじゃ。メインディッシュがカレーライスというのは、さっぱり合点がいかんぞ……のう、従事」
「………」
  いっこうに反応を示さない従事に、とうとう、王様は堪忍袋の緒が切れたようで、「ふざけんじゃねぇ、このやろう」と吐き捨てた。凄みの利いた、低い声で。
 従事はおののいて、ますます、うなだれる。
 といって、このままだんまりを決め込んでいても埒が明かないーーそう従事は思うから、やむなく、口を開いて、事の次第を説明する。
「ま、まだですねぇ、ワインとキャビアいいのです。なにぶん、地下の貯蔵庫にうなるほど積んであるのですから。もちろん、わたくしどももカレーライスがメインディッシュというのは、さすがに忸怩たるものだあるのです。で、ですが、いかんせん、そのう……」
 そのう、なんだ、というふうに、王様が目くじらを立てて従事を睨みつける。
 蒼い顔をした従事は、口ごもりながら、説明のつづきをする。
「い、いかんせん、そのう、料理人どもが……ストライキ中でありまして、ですから、肝心要の料理をする者がいないのです。そ、それで……実はこれ、わたくしめが、はは、レトルトカレーを……」
「な、なんじゃとッ!!!」
 わなわなと唇を震わせながら、王様は頭ごなしに従事を怒鳴りつける。
「よもや、このわしに、レ、レトルトカレーを出したと言うのか! じょ、冗談じゃないぞ、まったく……この不届き者めがッ!!!」
「……お、お許しくださいませ」
 傍らに控えていた従事は、身を縮めてかしこまった。
 
 
 ――翌日。
「おい、従事」 
 ふたたび、王様が従事を呼びつける。
「大分、寒くなってきた。そろそろ冬物を用意せい」
「あ、は、はい……」
「なにを、ぐずぐずしておる。はやくせいッ!」
「は、はい、いますぐに……」
 はどなく、従事が冬物の服を抱えて、王様の前に顔を出しだ。
「うん⁈ なんだ、これは? ちとかび臭いではないか」
 そりゃ、まあ、そうでしょう……。従事は、上目づかいで王様を窺う。
「なんじゃ、その仔細ありげな顔は――」
 だって……従事は、言い澱んでいる。
「えーい、じれったい、早く申せ!」
 室内に、王様の怒声が響く。従事が、それに気圧されるように口を開く。
「ヒエッ! も、申し上げます……な、なぜかと申しますと、『来年、冬物はすべて新調せい』という、ご達しがあったものですから、昨年、冬物はすべて蔵の隅っこのほうに追いやってしまったのです。ですので、外界とはとんとご無沙汰でしたので、このようにカビ臭い次第で……」
「だったら、なにゆえ、ただちに新調しない! まったく、使えんやつじゃ。黄金はうなるほどあるんじゃ。大至急、手配せい! この大バカもんが!!」
「は、はあ……」
 だが、従事は苦虫を嚙み潰したような顔で、うなだれているばかり。
「な、なんだ、そのしけた顔は⁈」
「そ、それが、仕立て職人も、そのう、ストライキを決行中で……」
「ばッかもん!」
 王様が、思いっきり、拳固をテーブルの上に叩きつける。
「ヤツらだって賃金がなければいずれ口が干上がってしまうんじゃ。彼らの前に黄金をドンと積んでやれ。そうすれば、ヤツらも目がくらんで首を縦にふるはずじゃ。わかったら、とっととかかれッ!!」
 それから、数日後――。
「おい、従事」
「は、はい……」
「冬物の服はできたのか」
「そ、それが……」
「どうした、仕立て職人の前に黄金をドンと積んでやったのだろう」
「は、はあ……」
「ま、まさか、それでも、ヤツらは首を縦に振らないとでも申すのか」
「は、はあ、さようで……」
 そこで従事はことばを区切って、肩でひとつ息をつき、それから、つづきを述べた。
「どうせ手にした賃金の何割かは消費税で吸い上げられる。それは武器を買う元手になり、結局のところは、王様を喜ばせるだけだ。そうだとしたら、もとより賃金なんていらない、と彼らはその一点張りで……」
「な、なにッ!!」
「あ、いえ、これはわたくしが申しておるのではありません。あくまでも彼らの言い分でして……」
 
 
 さらに数日後――。
「おい、従事。天井が雨漏りしておる。はよう、大工職人を呼んで修繕をほどこせ」
「は、はあ、実は彼らも……」
「ス、ストライキ決行中だと申すのか!」
「さ、さようでございます……」」
「えーい、どいつもこいつも、ストライキ、ストライキって、いいかげんにせいッ!!!」
そのさらに数日後――。
「おい、従事。出かけるぞ。馬車を用意せいッ!」
「は、はあ、実は、そ、そのう……」
「な、なに! 御者までもがストライキ中だと申すのか…ええい、どいつもこいつも、わしをなめやがって、ち、ち、ちくしょおおお!!!」
 
 
 やがて、冬が深まる。
「おい、従事。寒くてたまらん。ただちに、あったかい服を用意せい!」
 がしかし、なんら返返答がない。
「お、おい、だれか、だれか、おらんのかッ!」
 もの悲しい沈黙。
 かくも、宮殿の中はひっそり閑と静まり返って、従事のみならず、これまで王様を支えてきた家族の気配すらない。
 唯一、耳に触れる音があるとすれば、雨漏りのしずくが、ポトンポトン、とバケツの底を打つ音ばかり――。それ以外は、ことりとも音など立たない。
 それだけに、宮殿を取り囲む、さながら四面楚歌のような群衆の声が遠慮なく闇を切り裂き、室内に、大音声となって響き渡る。
 そんな中、王様は蔵の中の目がくらむような黄金を前にしながらも、しゅんと肩をすぼめて、ひとりごとのようにつぶやく。
「やれやれ、こんなに、うんと黄金があるのにのう……なのに、ちっとも腹の足しにはならん……いくら黄金があっても、人心が離れてしまったら、紙屑同然のようじゃーー」
 いつも後になって気づく、すべてを失ってから。
 でもそのときはもう、遅すぎる。



おしまい
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