第39話 カタストロフィ 第ニ話

文字数 1,644文字

「自治会長さん!!」
 教育ママ然とした、四十がらみのご婦人が、憤懣やる方ないという感じで、自治会長に詰め寄った。
「こ、これはいったいどういうことすか?」
 その勢いに気圧された自治会長は「はああ……わ、わたしといたしましても、いまのところはなにがなんだかさっぱりわからなくて……」と、額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、しどろもどろに答えた。
「たしかに、深夜ですからね」
 そう口を開いたのは、あの学者然とした男性。彼が、二人の間に割って入って、こう言った。
「それに、自治会長は、どうやら寝ておられたようだ。なので、彼に問い詰めたところでいっこうに埒が明かないと思いますよ、奥さん」
「あら、そうなの……それじゃ、仕方ないわね」
 怒りの矛先を失った彼女は、そのやり場に困ったように唇を噛んで、うつむいた。
 学者然が、彼女の機嫌を取り繕うように、こう言った。
「まあ、この件に関しては、明晩の役員会までに自治会長さんに調べていただくということでいいんじゃないですか。そこで報告してもらうということで――それより、今夜はもう遅い。ですから、今夜はこの辺にして、家に戻りましょうよ」
 男性のフランクなもの言いに、ご婦人は「わかりましたわ、そうしましょう」と、あっさりうなずいた。
「自治会長さん、それでいいですよね」と学者然が、念を押すように、自治会長に言った。
「ええ、いいですとも」
 間髪を入れず、自治会長が相槌を打つ。
「では、明晩の役員会は、この一件の報告会ということに変更しましょう。したがって、従来の議案は次の機会に持ち越しということで……」
 自治会長はそう言うと、やけに嬉しそうな顔をした、ような気がする。ただ、それに気づいた者はだれもいない……。
 
 
 次の日の夜――。マンションの集会所。
 この高級マンションは十五階建てで、「コ」の字型に建造されている。つまり、昨夜のロケット花火は、その「コ」の字の空間部分に落ちたというわけだ。ちなみに、このマンションの総部屋数は480戸。
 また、自治会役員は三十数名で、みながそろって、席に着いている。
 昨夜の事件の調査が手間取っているのか。少し遅れて、自治会長が集会所に顔を出した。
「いやぁ、遅くなって申し訳ありません。ちょっと調査が手間取ってしまいまして……」
 案の定、そうだったらしい。
 弁解がましく、自治会長は頭をかきながらそう言って、役員と対峙するように設えてある自治会長席に腰を下した。
 肩でひとつ息をついた彼はマイクを手にすると、おもむろに起立して、口を開いた。
「えー、それでは、役員会をはじめたいと思います。
それに先って、本日の司会進行役を決めたいと思います。えー、みなさん、どうです、高木さんにお願いしたいと思うんですが、いかがでしょう?」
「異議なし!!」
「それ、賛成!!!」
 パチパチパチ――声をあげない者たちは拍手によって、賛成の意を表した。
「それでは、全会一致といことで、改めて、高木さんよろしくお願いいたします」
 さっそく、自治会長が、高木さんを指名する。
 実は高木さんというのは、昨夜の学者然とした、あの男性だった。
「かしこまりました」とうなずいた高木さんが、前方に設えられた司会席に歩み寄る。それから、マイクを手にして、こう言った。
「ご指名に預かりました、高木です。それでは、本日の役員会を開始させていただきます。本日の会合の議題は従来、自治会費についてでありました。ですが、昨夜未明の一件を踏まえまして、ロケット花火事件の解明ということで、これに変更させていただきたいと思います。みなさん、よろしいでしょうか?」
「異議なし!!」
 みなが、相槌を打つ。
「当然ですわ!」
 そう強く言ったのは教育ママ然とした、あの昨夜のご婦人。
「また同じようなことがあるかと思うと気もそぞろで、おちおち寝てもいられませんもの」
 まったくだ!
 そうだ、そうだ!!
 わいわい、がやがや!!!
 そんなふうに、みな、大きく首を縦に振るのだった。
 
 
つづく
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