第45話 カタストロフィ 第八話

文字数 1,335文字

 
 可哀想な人だな、鈴木さんって――。
 憐憫の情を催しながら、高木さんが心の中でつぶやく。
 鈴木会長は、ウソをついていたのだ。このたびのロケット花火の犯人は、やはり、前の団地の若者たちだったのだから。
 では、なぜ、会長はウソをついたのだろう。
 彼らはその晩、隣町のやんちゃどもとひと悶着起こして、警察の厄介になっていたから犯人ではない、というようなウソを――
 それもさることながら、会長がウソをついているということを、どうやって、高木さんは知ったのか。
 という疑問も湧いてくる。
 それを知るために、ここで高木さんと鈴木会長のやりとりに、ちょっと耳をかたむけることにしよう。
 
「鈴木さん」
 高木さんが、真っ直ぐな眼差しを向けて言う。
「もう観念しなさいよ。前の団地の柴田会長がすべて白状したのですから。あのロケット花火を打ち込んだのは、ウチの団地の若者たちの仕業だってね」
 それを聞いた鈴木会長は「え⁈ なんで?」と、口をぽかーんと開けた。
 柴田会長はなぜ、いとも簡単に口を割ってしまったのか、と不思議に思って。
 いやいや――けれどすぐに鈴木会長は思い直す。
 もしかしたら、カマをかけられたんじゃなかろうか、と疑心暗鬼になって。
 高木さんは実際、大学教授だった。したがって、そのぐらいのことはやりかねない、と鈴木会長は勘繰ったのだ。
 だとしたら、おいそれと認めるわけにはいかないぞ、と会長は自分に強く命令して、こう切り返した。
「仮に、前の団地の若者たちが犯人だとしましょう。とはいえ、わたしも、柴田会長に騙されたいうことがあるかもしれない。そうじゃありませんかな、高木さん?」
 会長は、糊塗しようとした。あくまでも自分はウソをついていない、と言い張ることで。
 やれやれ――ため息交じりに、高木さんは「往生際が悪いですね、鈴木さん」と言って、こうつづけた。
「いいでしょう。わたくしが調べあげた真実をここにいるみなさんに披露して、いかにあなたが性悪な人物かを白日のもとにさらすことにしましょう」
 
「えー、では、どうして、このたびの事の真相が、わたしにわかったのか――」
 高木さんが、おもむろに口を開く。
「まずは、そのトリガーから、お話しすることにしましょう」
 それは先日、高木さんが、バス通りを歩いているときだったという。
 そのとき、懐かしい知人とゆくりなく、邂逅したのだと。
 その彼と知り合ったのは二十年前――高木さんが教授になる前に師事していた大学教授の、その助教をしているとき、はからずも彼が、教授のゼミを受講したのがきっかけだったという。
「あれ、高木さんじゃないですか」
「おお、田代くん。久しぶりだなあ。大学を卒業して以来だから、二十年ぶりくらいか……元気にしてたか?」
「はい、おかげさまで。高木さんもお元気そうで、なによりです」
「うん。ところで、君はいま、この辺に住んでいるのか?」
「ええ、引っ越してきてから、かれこれもう、五年になりますかね。あれ、ということは、高木さんもこの辺りに?」
「うん。あのマンションに住んでるよ」
 そう言って、高木さんが指さしたのが、この高級マンションだった。
 そして、この田代というヒトこそが、かの市民団体のリーダーであったのだ。


つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み