第15話 心の余白
文字数 1,571文字
先日、懐かしい男からメールが届いた。
それは数年前、家庭の事情でやむなくUタウンを余儀なくされた知音 からのものだった。
『田舎の生活も、存外、すてたもんじゃないぞ』
そんなメッセージとともに、野山に咲き誇る美しい草花の写真も添えてあった。
へぇー、綺麗なもんだな。心がいやされるよ。
それを目にしたぼくはその、自然の妙味 にすっかり心を奪われ「田舎は緑が多くていなぁ」と、素直に、羨ましがっていたものだ。
それから四五日が経ったある日のこと。
ぼくはその晩、会社から帰る道すがら、最寄り駅で、なんの気なしにフリーペーパーを手にしていた。
うん⁈――表紙を見たぼくは一瞬、そこに目が釘付けになった。なぜかというと、住まいの近傍を流れる川の、その特集が掲載されていたからだ。
一年前、この街に引っ越してくるとき、住まいのほど近くに、その川があるのはGoogleマップを見て認識していた。 ただ、ついぞ足を運んだためしがなかった。
記事によると、なんでもこの川は江戸時代、千葉・行徳の塩を日本橋まで運んだ「塩の道」として数多 の船が行き交い、実に活況を呈していたということであった。
さしずめ、知る人ぞ知るって川なんだ――そう思ったとたん、ぼくの心はもう、その川へと飛んでいた。
その週末ーー。
川のほとりに整備された洒落た遊歩道を、奥さんと肩を並べて仲良く歩く。道沿いには、『千本桜』を誇る桜並木。春になれば、さぞかしピンクのトンネルが美しいことだろうと、目を細めながら歩く。
また、木 の下陰には色とりどりの花が咲き乱れている。
向こう岸にも、ふと眼差しを向けてみる。見ると、瀟洒な屋敷が軒を連ね、その庭はみな、手入れがいき届き、色とりどりの花が咲き乱れていた。
「へぇ、けっこう緑が豊かで、素敵なところじゃん」
頬をほころばせながら、ぼくはひとりごとのようにつぶやく。
「ほんとうにね。このけしき見てたら、なんだか心が綺麗な人になれそうな気分よ」
相槌を打った奥さんの、声がはずむ。
「だったら、オレ、いっぱい見とかなくちゃな、えへへ」
「そうだよ、いっぱい見ておいてね、ふふふ」
覚えず、二人の会話と笑顔もはじける。
どうせ、都会の風景なんて――そんな偏った先入観が、ぼくにはあった。
それは、とりもなおさず、都会には緑が少なくて、どこか殺伐とした世界だという、そんな紋切り型の固定観念が……。
けれど、目の前に広がっている世界は、そういう観念を見事に払拭してくれる、実に見事に心を洗われる美しいけしきだった。
それを、ただちに携帯で写真に収めた。
数日後、件 の友人に「ぼくの住まいのほど近くにある風景だぞ」と、ちょっぴり誇らしげなひとことを添えて、写メした。
折り返し彼から「へえ、都会にも、こんな緑豊かなけしきがあたったんだな――」という書き出しのメールがあり、そのあとに、縷々 、こう綴られていた。
「都会にいるときには、日々の暮らしに追われて、心の余白さえ失っていた。それにくわえて、どうせ都会なんていう固定観念もあって、周りのけしきにはあまり意を用いてこなかった。だから、この写真を見て本当に驚いてる。都会にも、こんなに緑があったんだな、って。こっちに戻ってきたからこそ、やっと、それがわかったんだと思う。なにせ、こっちは自然との距離も近いし、緑も豊かだし、なにより、のんびりしてる。それが、心に余白を与えて、ようやく、そのことにも気づけるようになった。あ、だからといって、あれだよ。心が綺麗な人になったわけじゃないよ。そりゃ、そうだろう。ほら、だって、都会にいるとき、おまえと一緒に散々悪さしたもの。それで、ずいぶんと心が汚れちまったからなぁ、ダハハ」
おしまい
それは数年前、家庭の事情でやむなくUタウンを余儀なくされた
『田舎の生活も、存外、すてたもんじゃないぞ』
そんなメッセージとともに、野山に咲き誇る美しい草花の写真も添えてあった。
へぇー、綺麗なもんだな。心がいやされるよ。
それを目にしたぼくはその、自然の
それから四五日が経ったある日のこと。
ぼくはその晩、会社から帰る道すがら、最寄り駅で、なんの気なしにフリーペーパーを手にしていた。
うん⁈――表紙を見たぼくは一瞬、そこに目が釘付けになった。なぜかというと、住まいの近傍を流れる川の、その特集が掲載されていたからだ。
一年前、この街に引っ越してくるとき、住まいのほど近くに、その川があるのはGoogleマップを見て認識していた。 ただ、ついぞ足を運んだためしがなかった。
記事によると、なんでもこの川は江戸時代、千葉・行徳の塩を日本橋まで運んだ「塩の道」として
さしずめ、知る人ぞ知るって川なんだ――そう思ったとたん、ぼくの心はもう、その川へと飛んでいた。
その週末ーー。
川のほとりに整備された洒落た遊歩道を、奥さんと肩を並べて仲良く歩く。道沿いには、『千本桜』を誇る桜並木。春になれば、さぞかしピンクのトンネルが美しいことだろうと、目を細めながら歩く。
また、
向こう岸にも、ふと眼差しを向けてみる。見ると、瀟洒な屋敷が軒を連ね、その庭はみな、手入れがいき届き、色とりどりの花が咲き乱れていた。
「へぇ、けっこう緑が豊かで、素敵なところじゃん」
頬をほころばせながら、ぼくはひとりごとのようにつぶやく。
「ほんとうにね。このけしき見てたら、なんだか心が綺麗な人になれそうな気分よ」
相槌を打った奥さんの、声がはずむ。
「だったら、オレ、いっぱい見とかなくちゃな、えへへ」
「そうだよ、いっぱい見ておいてね、ふふふ」
覚えず、二人の会話と笑顔もはじける。
どうせ、都会の風景なんて――そんな偏った先入観が、ぼくにはあった。
それは、とりもなおさず、都会には緑が少なくて、どこか殺伐とした世界だという、そんな紋切り型の固定観念が……。
けれど、目の前に広がっている世界は、そういう観念を見事に払拭してくれる、実に見事に心を洗われる美しいけしきだった。
それを、ただちに携帯で写真に収めた。
数日後、
折り返し彼から「へえ、都会にも、こんな緑豊かなけしきがあたったんだな――」という書き出しのメールがあり、そのあとに、
「都会にいるときには、日々の暮らしに追われて、心の余白さえ失っていた。それにくわえて、どうせ都会なんていう固定観念もあって、周りのけしきにはあまり意を用いてこなかった。だから、この写真を見て本当に驚いてる。都会にも、こんなに緑があったんだな、って。こっちに戻ってきたからこそ、やっと、それがわかったんだと思う。なにせ、こっちは自然との距離も近いし、緑も豊かだし、なにより、のんびりしてる。それが、心に余白を与えて、ようやく、そのことにも気づけるようになった。あ、だからといって、あれだよ。心が綺麗な人になったわけじゃないよ。そりゃ、そうだろう。ほら、だって、都会にいるとき、おまえと一緒に散々悪さしたもの。それで、ずいぶんと心が汚れちまったからなぁ、ダハハ」
おしまい