第４３話　カタストロフィ　第六話


「鈴木会長には引きつづき事件の調査を行っていただくということで、よろしくお願いします。つきましては、次回の役員会も、その調査結果の報告会というこにさせていただこうと思うのですが、それでよろしいでしょうか」
「異議なし！！」
「みなさんの賛同をいただきましたので、そういうことにさせていただいて、本日はこれにて閉会とさせていただきます」
　今回、ファシリテーター役に徹した高木さんがそう告げて、本日の役員会はお開きになった。
 
「けれど、それにしたって、なんだか釈然としないんですよね」
　集会所を出てしばらくしたところで、役員のひとりである園田さんが、別の役員、これは菊池さんというのだが、彼に、ため息を含みながらつぶやいた。
「いえね、ほかでもないんですが、当初の役員会の議題でした『自治会費の使途不明金』についてなんですよ。いったい、いつになったら、話し合いが持たれるのか……なんだか、これだと、鈴木会長が漁夫の利を得ているようで……そこが、さっぱり釈然としないんですよね」
「なるほど、胸中お察しします……」
　それを聞いた菊池さんも同調交じりに、こう返す。
「あれについては、今回の一件が片づかないかぎり、当面棚上げされるでしょうね……住人にすれば、なんともはがゆいところですが」
「だとしたら、あれですよねえ……」
　ため息交じりに、園田さんが応える。
「犯人探しは一筋縄ではいかなさそうですから、この件が議題にのぼるのは、ずいぶんと先になってしまうでしょうねえ……」
「たぶんそうでしょう」
　菊池さんもため息交じりに、うなずく。
「なんといっても、前の団地の悪ガキどもの仕業じゃなかったというんですから、犯人探しは難航しそうですよねえ」
「じゃ、いったい、だれが犯人か――けっして、ゆるがせにできない問題だというのはわかってます。だとしても、あれだけは避けなければならないと、わたしは思うんですよ」
　菊池さんが、小首をかしげて見せる。あれじゃわからないという、意味だろう。
「なに、あれというのは、うやむやですよ。今回の案件をうやむやにすることだけは、なんとしてでも避けなければならない、ってね――」
「そりゃ、もちろんですよ。それだけはなんとしてでも、避けなければ――」
　菊池さんも、大きく首を縦に振って、うなずく。
「わたしね、ものすごくフンガイしてるんですよ」
　園田さんが憤懣やる方ないという表情で、毅然として言う。
「今回のコロナのときもそうですし、オリンピックのときもそうでした。多額の使途不明金があったというのに、結局のところ、うやむやにされてしまって国民は胸に不満がくすぶったまま、ツンボ桟敷です。少なくともわたくしたちの身近なところで起きた案件については、それを阻止したいんですよね、断固として――」
 
　ところで、園田さんが言う、『自治会費の使途不明金』について、ここで、簡単に説明しておきたい、と思う。
　このマンションは高級なだけあって自治会費も、かなり高額で、一世帯当たり、月々５０００円になる。
　前述した通り、このマンションの部屋数は、４８０戸なので、なんと、月に２４０万円もの金額が自治会に収まることになる。
 　ちなみに、このマンションは管理費と自治会費とが一緒なため、入居者全員が支払いする義務があった。
　管理費はマンション周りの雑草除去に害虫駆除。ゴミ集積所及び集会所にくわえて、駐車場の管理、等々の費用。
　また、自治会費は、住民相互の交流の場を提供ためにかかる諸費用、あるいは、子供会の運営費用、及び地域住民との交渉にかかる諸費用、さらには行政へ交渉する諸費用などが含まれる。
　その任をまかされているのが鈴木会長ということで、このたび、前の団地の自治会長との交渉にあたっていたのだった。
 
　年度初めの役員会において、前年度の自治会費の収支決算報告が経理責任者から行われる。そこで、集会所に集った役員全員の了解が得られれば、決算報告書は無事了承の運びとなる。
　がしかし、決算報告について、役員の中から異議申し立てがあった場合、それについては再度、役員会で審議の場が持たれることになる。
　今回は、『雑費』の決算報告ついて、役員の中から異議申し立てがあった。
　実をいうと、それを行ったのが、件の園田さんだったというわけだ。
　園田さんが疑問に思ったのは、雑費の使途について。なにしろ、『雑費』だというのに、なんと、月２０万円もの金額が決算書に計上されているのだ。だとすれば、年にして２４０万円にも及ぶということになる。
「いくらなんでも多すぎやしませんか、鈴木会長」
　そんなふうに、園田さんは、鈴木会長に異議を申し立てたのであった。


つづく