第47話 カタストロフィ 第九話
文字数 1,347文字
「え! あのマンションって、鈴木さんが自治会長されてるところですよね……」
うん⁈ 鈴木……。
これには、高木さんも目を丸めて、思わず訊いてしまう。
「キミ、鈴木自治会長を知ってるの?」
「はい、あのマンションの
対面の団地の会長さん?
「それって、柴田さんのことか?」
「はい、そうです」
「どうして、キミが、柴田さんのところに?」
「それというのもですね」
そう田代は口を開くと、ふと高木さんから目をはなして、遠くを見るような目をしながら、ことばを継ぐ。
「大学時代、ゼミに所属したぼくたちに、小林教授は『不条理の傍らを黙って通り過ぎるような大人になってはいけない』と鞭撻されました」
「うん、そうだった。なにせ、人権尊重が教授の理念だったからな」
間髪を入れず、高木さんが相槌を打つ。
「その理念に触発されたぼくはいま、市民団体のリーダーとして、住民運動に携わっているんですよ」
「そうか、きみは篤志家だったからな。キミがウチのゼミに所属したとき、ぼくはピンときたよ。この子は、教授の理念を具現化してくれそうだな、ってね」
そう言って、高木さんは、目を細める。自分が師と仰いだ教授の理念を具現化してくれている若者が眼前にいるのが、なんともいえず嬉しくて――。
「あの団地、空き家が増えちゃって、その影響で、街の治安まで悪くなっちゃったでしょ。ウチの市民団体で話し合った結果、あそこを再開発してもらったらどうかということになりましてね。それでぼくたち、いろいろと運動してたんですよ。その流れの中で、柴田会長を知ったってわけなんです」
「そうだったのか……あの団地の件で市民団体が動いているのは知っていたが、キミが、そこのリーダーだったとはね」
高木さんはそう言うと、改めて、目を細めながら田代を見て、それから、こうつづけた。
「前の団地の再開発の案件は、わたしも注視してたんだよ。実はウチには大学生の娘がいてね。近ごろ、夜道がぶっそうになったって言うんでとても、心配してたんだよ」
「そうだったんですね……でも再開発計画は、頓挫してしまいました……」
「そうらしいな。代わりに、空き家を埋めて急場を凌ごうという代替え案が採用されたんだろ。ウチの住民は懸念していた。風紀が乱れなきゃいいが、ってね。けれど、蓋を開けたら、どうだ。案の定、やんちゃな若者たちが大挙入居してきてこの有り様だ……いったい、あの案はだれが考え、どうして、それを前の団地の住民はいとも簡単に受け入れたのか。それが不思議でね」
そう言って、高木さんは浮かない眉をひそめた。
「ああ、その代替え案を言い出したのは、市会議員の荒木さんですよ」
田代は難なく言って、こうつづけた。
「そのとき、わたしは苦言を呈したんです。それだと、いま住んでる人たちが間尺に合わないから反対するに決まってますよ、ってね」
「けれどそう思いきや、存外、あっさり了承してしまった……」
「ええ……」
うなずいた田代は、複雑な表情を浮かべて言った。
「荒木さんが、住民に見返り案を提示したらしいんですよ」
「見返り案を……どんな?」
けげんそうな顔で高木さんは言って、首をかしげて見せた。
つづく