第6話 甥っ子

文字数 1,318文字


 久方ぶりに、海外で暮らしている妹が、一時、帰国した。
 すると、さっそく、甥っ子を連れて我が家に遊びに来た。
「あら、まあ、勇介くん。しばらく見ないうちに、ずいぶんと大きくなったわね」
 そう言って、わたしは彼に、屈託のない笑顔を見せる。
 彼に、最後に会ったのは、たしか、三年前のお正月だったと記憶している。
 あの頃と比べたら、目を瞠るほど身長も伸びたし、面影からも、すっかり幼なさが影をひそめている。
「えーと、いくつになったんだっけ?」
「十歳です」
 端然と座して、毅然と答える。
 へえ、そう。十歳のわりには、しっかりしてんじゃん。
 わたしは、ふと彼から目を離して、遠いところを見るような目をしながら、かつての自分に思い馳せてみる。
 そういえば、あのころのわたしなんて、もっと幼くて、舌足らずで、頼りなかったような気がするけどなあ……。
 そんな自分を思い出しながら、改めて、彼に目をやった。
 ふふ、ひょっとして、これは将来、大物になるんじゃない。
 妹の息子ながら、わたしは頬を、わがことのようにほころばせていた。


 そこでわたしは、ひとつ訊いてみた。
「ところでさあ、勇介くんは、大きくなったら、どんな大人になりたいのかなぁ?」
 間髪を入れず、彼は、こう答えた。
「はい、仮面ライダーです」
 ぷっ。
 あけすけに、わたしは吹き出す。
 だって、ねえ。たしかに、身体は大きくなったわよ。でもさ、考え方は、まだまだ、子供なんだもの。
 頬をだらしなくゆるめたわたしは、こうも訊いてみた。
「じゃあさ、どんな大人にはいなりたくないかなぁ?」
 すると、勇介くんはなぜか、わたしを冷然と見ながら、こう言うのだった。
「もちろん、おばさんみたいな人ですよ」
「え、え……ちょ、ちょっと、それ、どういう意味よ」
 大人気なく、わたしは気色ばむ。
 そんなわたしを見た勇介くんが、ふっ、と嘲笑したような笑みを浮かべて、軽蔑と憐憫をひとつにしたような声で、言った。
「あのですねぇ、仮面ライダーっていうのは、メタファーなんですよ」
「メ、メタファー」
 な、なに! それ⁇ わたしは、絶句。
 あいかわらず、例の笑みを浮かべてわたしを見ていた勇介くんが、淡々と、言った。
「つまりは、正義の味方のような、そんな大人になりたいってことですよ。ところが、おばさんのように、隠喩すら理解できないのに、こうして、居丈高に子どもを見下す。そんなあさましい大人には、まかり間違っても、ぼくはなりたくない。だから、そう言ったまでです」
 あ、あら、そう。す、すいませんねえ、隠喩すら理解できない、あさましい大人で。
 たしかに、メタファーって意味は知らないわよ――でも、そっか、メタファーって、隠喩って意味なのね。もっとも、隠喩って意味も、よくわかんないんだけどね、へへへ……。
 それにしても、まあ、ずいぶんと言ってくれるじゃない。やっぱり、キミは、将来、大物になるわよ。
 いや、こういう小賢しい子どもは、どうかすると、いけすかない大人になるのよね。
 あっ、あさましい、大人のわたしが言えた義理ではないのか……やれやれ。
 わたしはしゅんと肩をすぼめ、なさけなそうな息を、長く、深く、ついた。


おしまい
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