第42話 カタストロフィ 第五話

文字数 1,690文字

 
 高級マンションの集会所では、役員を前にして、自治会長、実は彼、その名を鈴木というのだが、彼がマイク片手に報告を行っている。
「昨夜のロケット花火は、前にある団地の方から飛来してきたのにちがいありません。では、だれが犯人か。昨夜、山田さんからチラリご指摘がありましたように、それは前の団地の悪ガキども、もとい、若者たちではないか。そうわたしも考えました。なので今朝方、前の団地の自治会長である柴田さんに鋭意調査していただくよう、依頼しておきました」
 鈴木会長はそこでことばを切ると、ペットボトルのお茶を飲んで喉を潤し、ふうーと大きく息をついて、心なしかめらいがちに、ふたたび、話しはじめた。
「そして夕方、調査の進捗状況を確認しようと柴田会長に連絡を入れました。そうしますと、これが要領を得ないというかなんというか……とにかく、電話では埒が明かないと思ったので直接合って話しをすべく、さっき、柴田会長宅に向かいました。すると、そこでですね……」
 そこまで言うと鈴木会長は苦虫を嚙み潰したような顔をして、押し黙ってしまった。
 おいおい、どうしたって言うんだ。そうよ、そうよ、わいわいがやがや――にわかに室内がざわめきだす。
「ちょっと自治会長さん、黙ってないで、なんとかおっしゃいなさいよ!」
 教育ママ然とした、あの山田さんが、いきり立って声を荒らげる。
 司会進行役の高木さんも、「自治会長どうされました。つづきをお願いしますよ」と浮かない顔をして促す。
「は、はあ……」
 鈴木会長はひどく冴えない顔をして、渋々ながら、ようやく話しはじめた。
 
 柴田会長は今朝方、わたしの話を聞いたとき、ああ、そうですか……とため息をつかれて、こう言ってくれたんです。
 またあの悪ガキどもの仕業でしょうね。わたしが責任もって調査して、夕方にでもご報告しますよ、っていうふうにね。
 それなのに――いかにも困ったという感じで、鈴木会長は顔をしかめて、言う。
 いましがた、柴田会長を訪ねましたら、今度は、こんなふうに言うんですよ。
 彼らの親御さんのひとりを問いただしたところ、彼らは昨夜、隣町の不良と街でひと悶着起こして、最寄りの警察署で朝方までこっぴどく叱られていた、っていうふうにね。
 そうだとしたら、彼らは犯人じゃないし、うちの団地の者でほかに、あのようなイタズラをする者はいない。したがって、今回の件は、わたしどもとは一切無関係ない、と言い張る始末……。
「ウ、ウソよ、ウソだわ!!」
 鈴木会長の話を遮るようにして、山田さんが金切り声をあげる。
「そんなのウソに決まってるわ。絶対に、あの悪ガキどもの仕業にちがいないんだから」
 こめかみにくっきりと血管を浮かび上がらせて、山田さんは言い放つ。
「彼らが引っ越してきて以来、うちの息子が通う中学校の風紀は、乱れに乱れてしまったわ。このままでは、気の弱い息子は登校拒否をしてしまう懸念があるの。その結果として、引きこもりにでもなっちゃったら、大学受験どころか、高校受験すら危ういわ。だいたい、こんな不条理があっていいはずがないのよ。こうなったら、なにがなんでも、元凶である彼らを学校から追い出さなくてはならないわ。そのためには……」
 山田さんはそこでことばを切って、肩で一つ息をしてから、こう言った。
「今回の件の犯人は、どうあっても、彼らでなくてはならないのよ。たとえ、彼らの仕業でなかったとしてもね……」
 それを聞いた役員らは一瞬、鼻白む。
 集会所に居心地の悪い沈黙。
「そ、そう言われましても……」
 沈黙を破って、そう言った鈴木会長は、困りました、なんとかならないもんですか、というような目をして、司会進行役の高木さんを見つめる。
 高木さんは内心苦笑を洩らしている。
 それってエゴイズム以外のなにものでもないよなぁ、と思って。
 するとそのとき高木さんの脳裏にふと、こういう邪な考えが浮かんだ。
 よもや、息子可愛さのあまり、マッチポンプなんてことは――。
 けれどすぐに高木さんは、いやいや、それはうがちすぎってもんだろう、と苦笑交じりに思い直すのだった。


つづく
 
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