第49話 カタストロフィ 最終回

文字数 1,621文字



 
「このように、田代くんは、荒木市会議員が陰であれこれと画策していたということを、わたしに教えてくれました」
 集会所に集まった役員を前にして、そう高木さんは言うと、さらに、こうつづけた。
「それを聞いたわたしは、にしても柴田さんまでが荒木議員の片棒を担いでいるとはねえと呆れて見せたもんです。ところが、田代君は、彼らばかりじゃないんですよ、実はもう一人悪いヤツがいるんですよと言って、その人の名を明かしてくれたんです」
 そう言って、高木さんは上目づかいに、いたずらっぽく鈴木会長を見た。
「そ、それが、わ、わたしだと言うのか!」
 わなわな震えながら、鈴木会長がわめくように言う。
「と、とはいえ、柴田さんがウソをついてることがあるやもしれない、さっき、そう言ったばかりじゃないか……」
 それを聞いた高木さんは、やれやれ、と力なく首を振って、哀憐の念をその表情に浮かべて、こう言った。
「あくまでもシラを切り通そうという腹づもりのようですね、鈴木さん。ちょっと往生際が悪いですよ。ま、いいでしょう……えーと、すいません、園田さん。これを、だれかに配ってもらってくだい」
 そう言って、高木さんは、両手に持った書類の束を、園田さんに見せた。
「それは、なんです? 高木さん」
「配ってもらえばわかります。この紙に、いかに鈴木さんが悪い人かということが書いてありますから」
「わ、わかりました」
 うなずいた園田さんは、高木さんからそれを受け取ると、さっそく、役員のみんなに配りはじめた……。
 
「えー、ではいま、皆さんの手元に渡った書類に目を通してください」
 高木さんがそう促すと、役員こぞって、手渡された書類に目を通した。
「な、なんで、これが!!」
 見て、思わず鈴木会長がうなった。顔面蒼白になって、彼は書類を持つ手をブルブルと震わせているのだった。
「えー、これは何かと申しますと、念書の写しです。柴田さんから手に入れたものです。これを見ると、鈴木さんが柴田さんに宛てたというのが一目瞭然です。きっちり『鈴木』と捺印がされておりますから。ま、これ以上の証拠はないでしょうね、鈴木さん」
「…………」
「では、これはどういうものかと言いますと、ロケット花火の犯人はこの団地の若者たちではありません――それを言い通すことを柴田さんに約束した、その念書になります……」
「な、なんですって!」
 高木さんがそう言い終わるか言い終わらないうちに、山田さんがうめき声をあげた。
「あさましい限りですわ、鈴木会長。なるほどね、道理で、途中から態度がコロっと変わったはずですわ」
 彼女は笑っていた。奇妙な、憐憫に満ちた苦い笑みを浮かべて――。
「どうですか、鈴木さん。これでもまだ、シラを切り通すつもりですか?」
「う、ううう……」
 鈴木会長は口惜しそうに歯がみして、ことばを詰まらせる。
「鈴木さん」
 高木さんも山田さん同様に、憐憫に満ちた苦い笑みを浮かべて言った。
「柴田さんが洗いざらい白状したんですよ。あなたは、あれですってねぇ。このたびのロケット花火事件を奇貨として、園田さんから指摘されていた自治会費の使途不明金の件をうやむやにしようと企んでいたらしいですねぇ」
「え! それ、ほんとうですか、高木さん!!」
 園田さんが、目を丸く見張って言う。
「ええ、ほんとうですよ、園田さん」
 間髪を入れず、高木さんが相槌を打つ。
「も、もしも、それがほんとうなら到底、許し難い行為と言わざるを得ません。とてもじゃないが、この場で説明責任をはたしてもらわないと、得心がいきません。さあ、鈴木会長……いえ、あなたもう、自治会長なんかじゃない! 鈴木さん、早く、説明してくださいよ!」
 ことばに力を込めて言うと、園田さんは、鈴木会長をジッと睨みつけるのだった。



*カタストロフィ【catastrophe】

1 突然の大変動。大きな破滅。

2 劇や小説などの悲劇的な結末。破局。

3 演劇で、大詰め

 
 
おしまい
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