第4話 オレだって、こんな朝は
文字数 2,207文字
深い闇がとけて、都会の街にまた、新しい朝がやって来た。
屹立 する高層ビル群の隙間を、凍 てつく風が、遠慮なく、びゅう、びゅう、と音を立てて吹き抜けてゆく。
折しも寒風の凍 みが冴える大寒のさなか。
それもあって、今朝の裏路地の空気は、この冬いちばんの冷たさとなった。
そんな中、オレはいつもの時間にいつもの場所で、朝食にありつこうとしている。
今日みたいに寒さの厳しい朝ともなれば、オレは、ことにこう思う。
なにか、あったかーいもんでも口にして、この寒さをしのぎ、ついでに空腹も満たしたいもんだなぁ、と。
ただ、そうは言っても、ここにあるものといえば冷えた味気ないものばかり。なので、それを望むのは、さながらロミオとジュリエットの叶わぬ恋のようだ。
それでも、なんとかならんもんかねぇ、とつい思ってしまうのが、カミならぬ不完全な存在の悲しいサガーーなんて、柄にもないことを口にしていると、だしぬけに、ヒタヒタヒタという足音が聞こえてきた。
そっちに目をやる。すると、ひとりの少年が、こっちに向かって歩いてくるのが目に入った。
うん⁈
凍 てつく風に乗って、なにやら旨そうな匂いが漂ってくる。どうやら、彼が手にしている、あのビニール袋の中からのようだ。
それにしても、いい匂いだ。こりゃたまらん!
それが、オレの鼻腔を容赦なくくすぐって、やたら食指を動かせる。
これは、あれだ。今まさに、オレが希求していた、あのあったかーいもんを想起させる匂いだ。
そうよ、これよ、これ、これ。まさに、これなんだよ。こういうのが、ほしかったんだよ、そこの少年。
オレは、心の中でそう訴えながら、少年が手にしている袋を、食い入るような目つきでにらみつけた。
ぼくは今、寒さに震えながら、都会の裏路地を歩いている。 もとより猫背なのを、いっそう丸くしながらーー。
今日は、日曜日。 それでぼくは、ゆうべから今しがたまで、たわいなく、ゲームに耽溺 してしまった。
あれ、もうこんな時間――気づいたとたん、腹の虫が、グウと鳴った。 腹が減っては、何とやら。もちろん、大好きなゲームもままならない。
ぼくはそこで、近所のコンビニに行ってなにか食料を買って空腹を満たそうじゃないか、そう思い立った。そして今は、コンビニで食料を買い込んだ、その帰り道。
道すがら、ゴミ集積所の前を通りかかった、ちょうどそのとき。 だしぬけに、ただならぬ気配を、ぼくは感じた。 その気配が立つほうに、恐る恐る、眼をやった。
え! まさかこいつ⁈
思わずぼくは、目を丸く見開く。
といって、あたりを見回しても、やっぱり、こいつしかいない。したがって、ただならぬ気配を発しているのはこいつにほかならない。 おまけに、かなり剣呑 な目つきで、ぼくのことを睨んでやがる。
思わずぼくは怖気をふるい、足がすくんでしまう。
にしても、こいつはなぜ、こうもぼくを睨むんだ?
ふと、疑問に思ったぼくは、こいつを目の端でそっと窺う。
うん⁈ この視線は……。
こいつの剣呑な視線の行方が気になったぼくは、その導線をなぞってみる。 するとぼくが手にしている、このビニール袋にたどり着く。
なるほど、そいうことね――うなずいたぼくは、考える。
たぶんこいつは、いや、間違いなくこいつは、この袋に入っている肉まんが目当てにちがいないぞ、というふうに。
でもそんな勝手は許さない。だってこれは今から、ぼくが空腹を満たすための肉まんだもの。
だから、だれが、おまえごときに――そう心の中で毒づいたぼくは、キッとこいつを睨んで、ビニール袋を、ぎゅっと抱きしめた。
するとそのとき、より剣呑な眼差しが棘となって、ぼくを、いや、この肉まんをぐさり突き刺した。
その恐怖に、思わずぼくは「ヒッ」とうめいて、後ずさる。
それと同時に、こいつの足が、じわりと動いた、ような気がした。
わ! 襲ってくるのか。これは、ヤバいぞ!! 逃げろ、逃げるんだ!!!
恐怖に耐えきれなくなったぼくは、自分にそう強く命令して、脱兎のごとく、その場から逃げ出すのだった。
あ、おい、少年! ちょっと待て、ちょっと待ってくれよぉ……どうして、逃げようとするんだよぉ。
オレだって、オレだってこんな寒い日は、なにか、あったかーいもんを、ついばみたいんだよ、少年。だからな、逃げるなよ、少年。お願いだから……。
だいたい、ずるいじゃないか。人間だけが、あったかーいもんを、たらふくついばむなんて。 学校で学習したんじゃないのか。 今は、共生だとか生物多様性の時代だってことをーー。だったら、お互い、仲良くしなきゃ、そうだろう、少年。
だからな、それをこっちによこせ、な、少年。 少しでいいんだ、少しでいいから、そのあったかそうなもんを、オレにもついばまさせておくれよ、な、少年。頼むよ。
あ!
なんてぇこった……ほんとうに、逃げちまいやがった。
哀れ、このゴミ集積所から、どんどん、遠ざかってゆく、少年の後ろ姿――。
そうやって、だんだん、小さくなっていく少年の背中に向かって、オレは、くやしさとか、さびしさとか、はたまた、やるせなさとか、とにかく、そういった感情がにじんだ鳴き声を、思いっきりぶつけてやった。
カア、カア、カア!!!
おしまい
折しも寒風の
それもあって、今朝の裏路地の空気は、この冬いちばんの冷たさとなった。
そんな中、オレはいつもの時間にいつもの場所で、朝食にありつこうとしている。
今日みたいに寒さの厳しい朝ともなれば、オレは、ことにこう思う。
なにか、あったかーいもんでも口にして、この寒さをしのぎ、ついでに空腹も満たしたいもんだなぁ、と。
ただ、そうは言っても、ここにあるものといえば冷えた味気ないものばかり。なので、それを望むのは、さながらロミオとジュリエットの叶わぬ恋のようだ。
それでも、なんとかならんもんかねぇ、とつい思ってしまうのが、カミならぬ不完全な存在の悲しいサガーーなんて、柄にもないことを口にしていると、だしぬけに、ヒタヒタヒタという足音が聞こえてきた。
そっちに目をやる。すると、ひとりの少年が、こっちに向かって歩いてくるのが目に入った。
うん⁈
それにしても、いい匂いだ。こりゃたまらん!
それが、オレの鼻腔を容赦なくくすぐって、やたら食指を動かせる。
これは、あれだ。今まさに、オレが希求していた、あのあったかーいもんを想起させる匂いだ。
そうよ、これよ、これ、これ。まさに、これなんだよ。こういうのが、ほしかったんだよ、そこの少年。
オレは、心の中でそう訴えながら、少年が手にしている袋を、食い入るような目つきでにらみつけた。
ぼくは今、寒さに震えながら、都会の裏路地を歩いている。 もとより猫背なのを、いっそう丸くしながらーー。
今日は、日曜日。 それでぼくは、ゆうべから今しがたまで、たわいなく、ゲームに
あれ、もうこんな時間――気づいたとたん、腹の虫が、グウと鳴った。 腹が減っては、何とやら。もちろん、大好きなゲームもままならない。
ぼくはそこで、近所のコンビニに行ってなにか食料を買って空腹を満たそうじゃないか、そう思い立った。そして今は、コンビニで食料を買い込んだ、その帰り道。
道すがら、ゴミ集積所の前を通りかかった、ちょうどそのとき。 だしぬけに、ただならぬ気配を、ぼくは感じた。 その気配が立つほうに、恐る恐る、眼をやった。
え! まさかこいつ⁈
思わずぼくは、目を丸く見開く。
といって、あたりを見回しても、やっぱり、こいつしかいない。したがって、ただならぬ気配を発しているのはこいつにほかならない。 おまけに、かなり
思わずぼくは怖気をふるい、足がすくんでしまう。
にしても、こいつはなぜ、こうもぼくを睨むんだ?
ふと、疑問に思ったぼくは、こいつを目の端でそっと窺う。
うん⁈ この視線は……。
こいつの剣呑な視線の行方が気になったぼくは、その導線をなぞってみる。 するとぼくが手にしている、このビニール袋にたどり着く。
なるほど、そいうことね――うなずいたぼくは、考える。
たぶんこいつは、いや、間違いなくこいつは、この袋に入っている肉まんが目当てにちがいないぞ、というふうに。
でもそんな勝手は許さない。だってこれは今から、ぼくが空腹を満たすための肉まんだもの。
だから、だれが、おまえごときに――そう心の中で毒づいたぼくは、キッとこいつを睨んで、ビニール袋を、ぎゅっと抱きしめた。
するとそのとき、より剣呑な眼差しが棘となって、ぼくを、いや、この肉まんをぐさり突き刺した。
その恐怖に、思わずぼくは「ヒッ」とうめいて、後ずさる。
それと同時に、こいつの足が、じわりと動いた、ような気がした。
わ! 襲ってくるのか。これは、ヤバいぞ!! 逃げろ、逃げるんだ!!!
恐怖に耐えきれなくなったぼくは、自分にそう強く命令して、脱兎のごとく、その場から逃げ出すのだった。
あ、おい、少年! ちょっと待て、ちょっと待ってくれよぉ……どうして、逃げようとするんだよぉ。
オレだって、オレだってこんな寒い日は、なにか、あったかーいもんを、ついばみたいんだよ、少年。だからな、逃げるなよ、少年。お願いだから……。
だいたい、ずるいじゃないか。人間だけが、あったかーいもんを、たらふくついばむなんて。 学校で学習したんじゃないのか。 今は、共生だとか生物多様性の時代だってことをーー。だったら、お互い、仲良くしなきゃ、そうだろう、少年。
だからな、それをこっちによこせ、な、少年。 少しでいいんだ、少しでいいから、そのあったかそうなもんを、オレにもついばまさせておくれよ、な、少年。頼むよ。
あ!
なんてぇこった……ほんとうに、逃げちまいやがった。
哀れ、このゴミ集積所から、どんどん、遠ざかってゆく、少年の後ろ姿――。
そうやって、だんだん、小さくなっていく少年の背中に向かって、オレは、くやしさとか、さびしさとか、はたまた、やるせなさとか、とにかく、そういった感情がにじんだ鳴き声を、思いっきりぶつけてやった。
カア、カア、カア!!!
おしまい