第19話 つづきはwebで……

文字数 1,291文字




 ある日曜日の朝――。
 夫と二人肩を並べてリビングルームのソファーに腰を据えて、わたしは、食後にドリップした珈琲を美味しく啜っている。
 夫はテレビに、そしてわたしは雑誌に、それぞれが屈託なく眼差しを向けながら――。
 すると、だしぬけに夫が、「え⁈ なんだって!」とすっとんきょうな声を上げた。
 最近の自分の流行りドライフラワーの特集に心を奪われていたわたしは「な、なに⁈ どうしたの?」とすっかりうろたえて、夫を見た。
 びっくりするじゃない、いったい、どうしたっていうのよ――そんな眼差しで。
 でも夫は黙って、テレビに見入っている――。
 いったい、なにを観てるの?
 けげんそうな顔で、わたしは、テレビに眼差しを向ける。その次の瞬間、わたしは「あ」と声をあげて、息を吞む。
「わたし、癌を患っちゃったの……」
 人気女優のAが先日、ネットでそう告白して、世間を騒がせていた……。
「残念ながら、女優のAさんが本日の早朝、夭折されたとのことです」
 彼女が、遠い空へ旅立って逝ったせつない現実を、誠実そうなニュースキャスターが、訥々と伝えている。眉根に、深く皺を刻んで。
 かわいそうに……たしか、幼子がいたはず。
 そのニュースを観て、わたしたち夫婦はしばらく呆然として口も利けずにいた。
 ほどなく、その沈黙を破って、夫がポツリとつぶやいた。
「オレ、けっこう彼女のこと好きだったんだけどなぁ……」
 え! そうなの。初耳だわ……。
「美しいヒトだったもんなぁ……」
 たしかに、美しいヒトだった……それは、わたしも認める。
「美人薄命ってやつかなのかなぁ……だったら、オレ、怖いかも」
「な、なにが、怖いのよ?」
 思わずわたしは、訊いてしまう。
「え、ほら、だって、オレ美男じゃん」
「……そ、それが?」
「ひょっとしたら、あれだよ。美男薄命ってのも、あるんじゃないのかなぁって……」
 へ⁈ わたしは呆れて、目を丸くする。なによ、この思いあがった態度は、そう鼻白んで。
「でも、人生って皮肉だよね」
 わたしの心情をよそに、夫はさらにつづける。
「だって、美しい顔のヒトに限って、こうして、人生が短いんだもの……だから、やっぱ、人生は皮肉だよ」
 そうつぶやいて、夫はしゅんと肩をすぼめて、ため息をつく。
 ほんとうに、好きだったみたいね――なんだか、胸がジーンとしてくる。わしたは、しみじみとつぶやく。
「そうだね、おうおうにして長生きしてほしいヒトにかぎって人生が短いんだもんね」
 そうつぶやいたとたん、なにやら、夫の瞳に陰性の光が宿った、ような気がした。
 うん⁈ な、なによ……その点、おまえは美しい顔してないからよかったな、とでも言いたげな、その目つきは……。
 思いあがりはなはだしいったら、ありゃしないわね、まったく。ほんとうに、失礼しちゃうわ――そう、わたしはフンガイする。
 悔しいから、わたしは夫にこう言って一矢を報いずにいなかった。
「たしかに、人生は皮肉だわ。だって、人生は、まるであなたのように江戸いろは骨牌の『に』、ですもの」
「え、それ、どういう意味?」
「ふふ、つづきはwebで……」
 
 
 
おしまい
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