第40話 カタストロフィ 第三話

文字数 1,530文字

「みなさんの賛同が得られましたので、昨夜のロケット花火事件についての話し合いを、さっそくはじめていきたいと……」
 高木さんが、そう言い終わらないうちに、ひとりの女性が憤然として席を立った。これは、あの教育ママ然とした、ご婦人だ。
 実はこの彼女、名前を山田さんという。白い面持ちに、ルージュの口紅が、実に鮮やかなに映えている。その唇から、毅然としたことばがこぼれ落ちる。
「まわりっくどい話は抜きにして、自治会長さんに結論だけを言ってもらいましょうよ。どうせたぶん、前の団地の悪ガキどもの、いえ、お子さんたちの仕業にちがいありませんもの……」
 さもそれにちがいないというような口ぶりで山田さんは言い切って、やおら席に腰を下ろした。
 にしても、血走った目をしている。昨夜の怒りが、どうも、まだ冷めやらぬらしい。
「山田さんが心中穏やかでいられないのは、お察しします」
 同情交じりの口調で、高木さんが言う。
「奥さんとこのように受験生を抱えられているお宅は、何かと大変でしょう。それでなくても、気を使うのに、そこにもってきて、あの昨夜のバカ騒ぎ。奥さんが、お怒りになられるのはごもっともです」
「そうなんですよ。ですから、さっさと自治会長さんに……」
「わ、わかりました」
 山田さんのことばを遮るようにして、高木さんが言う。
「では、自治会長、昨夜の件の調査報告をよろしくお願いします」
 指名を受けた自治会長が、でっぷりとした身体を揺らすようにして、おもむろに起立する。
「えー、それでは、ご報告させていただきます」
 自治会長はそう前置きをして、こうつづけるのだった。
 
 
 ところで、さきほど山田さんの奥さんが口にしていた「前の団地」について、ちょっと触れておこう。
 この高級マンションの前には、わりと道幅の広い道路が横たわっている。その道路を隔てて、かなり敷地面積の広大な、いささか古めかしい団地がある。
 これは、戦後の高度成長期に建てられたというから、かれこれもう六十年近くの建築年数になろうか。
 建てられた当時は、「ニュウータウン」ともてはやされたこの団地も、いまではすっかり「オールドタウン」と化して、往時の華やかなりしころの面影は見る影もない。
 それだけに、仮に高級マンションを光と呼ぶなら、高齢化した住民が暮らす古めかしい団地は、さしずめ影とでも呼べようか。それほど、二つの間には、非常に、著しい差があった。
 その上、古めかしい団地では近ごろ、住民が高齢化した結果として、空き家がずいぶんと増えた。言うまでもなく、泉下の人となられる方が少なからずいるからだ。昨年だけでも、新たに五軒もの空き家が増えたほど。
 老朽化した建物が陰気くさい雰囲気を醸し出している上に、空き家が増えたことで、ますます、陰気くささが募った。
 雰囲気が怪しくなってくると、何かに惹きつけられるようにして、悪しきものたちが蠢動しはじめる。
「奥さん、また不審者が出たらしいわよ」
「そうらしいですわね、奥さん」
 高級マンションのママさんたちが、エントランスホールの片隅で、心配そうに、眉をひそめて囁き合っている。ことに、小さな子を持つママさんは気が気でないことだろう。
 そうした雰囲気を一掃しようと、この地区選出の市議を中心に、近隣の住民とで話し合いがもたれた。
「再開発してもらうしかないね」
 そうだ、そうだ!!
 わいわい、がやがや!!!
 そうした意見が、圧倒的だった。
「では、どこが?」
 これが、問題になった。
 なかなか、手をあげるデベロッパーがいなかったからだ。
 スクラップアンドビルドするにしても、いかんせん、手始めのスクラップにそうとう費用がかかる。それが、ネックになったのだった。
 
 
つづく
 
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