第34話 ちょっとこわいおはなし

文字数 1,698文字


 ぼくはテレビが大好きだ。
 なかんずく、ドッキリ番組をこよなく愛している。
 ことに某局の、周りの者には見えない少女の霊が、自分にだけ見えるという、あの企画が大のお気に入り。
 なにしろ、好きが高じて、某局に「うちにも来てください。いい演技しますよ」と何通も手紙を出しているほど――。
 
 そんなある日のことだ。
 居間でのんびりテレビを観ていると、だしぬけに、妻がドアを開けて部屋の中へはいってきた。
 うん⁈
 見ると、見知らぬ少女が、白い服を身に纏った少女が、妻の背後から、とことこ、ついてくるのが眼にはいった。
 あ! これって、もしや――にわかに、ぼくは色めき立つ。
 とうとう、我が家にもあの企画が来てくれたのか、と細い目をより細めて。
 そう思ったとたん、だらしなく、頬が(ゆる)んでしまった。
 いや、いくらなんでもこれはまずい、とぼくはすぐに頬をこわばらさせる。
 あの番組のことだ。どこかでカメラが回っているはず。番組のプロデューサーは、ぼくの演技を期待して、今回わが家に来ているのだから。
 そう自分に言い聞かしたぼくは、わざとらしく、「ヒ、ヒェッ!」と、大袈裟に驚いて見せる。
 そうしておいてから、妻に、「おい、お前の後ろにいる子、どこの、だれだ」とけげんそうに訊く。
 どうよ、この演技。
 どこかで見守っているであろう番組のプロデューサーに、ぼくは、ドヤ顔を作って見せる。
 もちろん、妻も打ち合わせ通りに演技をしているのだろう。
「え⁈ なに言ってんの?」
 腑に落ちないというふうに、大袈裟に首をかしげて見せる。迫真の演技だ。
 ふん、やるじゃねぇか。
 なかなかの、妻の演技ぶりに、思わずぼくは嫉妬してしまう……。
 
 妻はけれど、そんなぼくなど歯牙にもかけず、少女と一緒にキッチンの奥へと消えて行った。
 一方で、ぼくはどこかに隠してあるはずのカメラを意識しながら、驚いたり、首をかしげたりと、とにかく演技に余念がない。
 さて、次は――どんな展開になるのだろうと、ぼくは身構える。
 すると、白い服を身に纏った少女だけが、突然、ぼくの眼前に、姿を現したではないか。
 それが、音もなく、あまりにも唐突にスッと現れるものだから、ぼくは演技どころか、マジで飛び上りそうになってしまった。
 さ、さすがにドッキリ番組だな……。ぼくは、すっかりタジタジになってしまう。
 居間の中に、そうとう手の込んだ仕掛けが施してあるのにちがいない。
 うなずいたぼくは、改めて、少女に目をやった。
 見ると、顔のメークと言い、(びん)のほつれ具合と言い、そしてなにより、そこはかとない透明感と言い、これはよく出来ているというより、いかにも本物と錯覚するほどの、聞きしに勝る化けっぷり。
 あまりの不気味さに、ぼくは慄いて、すんでのところでおしっこをちびりそうになった。
 これでは、プロデューサーが喜ぶようなリアクションをとっているどころの騒ぎじゃない。いや、むしろ、とらされていると言ったほうが正しい。
 さすがに、テレビだ。どうやら、素人の浅はかな了見など打ち負かしてやろう、という魂胆らしい。
 感心と屈辱とをきっかり半分づつ感じながらも、とはいえ、もうそろそろ、あれじゃない、とぼくは考える。
 スタッフが種明かしをするころだろう、というふうに。
 そう考えたぼくは、辺りをキョロキョロ見廻わす。
 あれ⁈ どうして?
 だれか現れる、という気配は、まったく感じられない。それより、居間の中はシーンと静まりかえって、室内の空気までもが、なんだかヒンヤリしてきた、ような気さえする……。
 たぶんぼくは、すっかりうろたえ、ひどく頬をこわばらせているのだろう。
 するとまさにそのとき――。
 え⁈ う、うそ!
 白い服を身に纏った少女が、ぼくの前から、忽然として、姿を消したではないか!!!
 ヒ、ヒェッ!!
 思わずぼくはうなって、絶句する。
 居間の中は、気味が悪いほどひっそり閑と静まりかえって、ことりとも音を立てない。
 ははは、まさか、これって、冗談だよね……。
 ことのあまりの恐ろしさに、ぼくは怖気(おぞけ)を震って、ほんとうに、おしっこをちびってしまった。
 
 
おしまい
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