第17話 答えてはいけない問い

文字数 968文字

 ギリシャの古典戯曲『オイディプス王』の中で、その彼はスフィンクスの問いに答えて王になる。
 このことについて、フランスの人類学者レヴィ=ストロースは、「悲劇は、この謎にオイディプスが答えたことから起きてしまった」と、その逆説を指摘している。
 なぜなら、この世界には「答えてはいけない問い」があるにもかかわらず、それに、あえて果敢に彼が答えてしまったからだというのである…。

 
 翻って、この国における、現代の戯曲。
 主人公は、ある大学の理事長。
 理事長ともなれば高い教養を身につけている。なので、件の学者の説はもちろん認識している。
 そんな彼は今、ある疑惑の渦中の人でもある。
 そこで、連日のようにマスコミから、「理事長、記者会見を開いて、疑惑の説明をしてくださいよ」と要請を受けている。
 だからといって、理事長が首を縦に振ることはなかった。
 しかしながら、そんなある日、理事長の側近が浮かない顔をひそめて、彼に訴えた。
「理事長、もうこれ以上は断り切れません。そろそろ年貢の納め時かとーー」
 たしかに、マスコミの要請は、ネット民の圧倒的な支持もあって、日増しにその激しをましていた。
「しょうがねぇなぁ、まったく」
 渋々ながら、理事長はマスコミの要請に応じることと相なった。
 
 
 記者会見の席上――。
「理事長、総理と影で密会してたという噂がこあるんですが、ほんとうですか?」
 ひとりの記者が、巷で囁かれている疑惑について、直球で問い正した。
 が、問われた理事長は、不敵な笑みを浮かべながら、こうはぐらかした。
「そう言われても、いかんせん、記録も記憶もねぇからなぁ」
 実をいうとこれ、あの学者の顰に倣ったのだった。
 それは、とりもなおさず、「これは答えてはならない問いだ」と鼻を利かせたのである。
 といって、これは、しょせん、生きるための悪、エゴイズムでしかない。自分が助かるためには、あくまでシラを切り通して糊塗するという、あさましい了見でしかないのである。
 ところで、この主人公とは、言わずもがなであろう。
 しかし思うに、この戯曲もまた、悲劇ではある。
 ただし、悲劇と言っても、これは総理と理事長とが疑惑をはぐらかしたことによって起きた、「また、答えのない虚しい問いかけかよ」という、国民にとっての悲劇ではあるのだけれど……。
 
 
おしまい
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