第35話 益鳥 その一

文字数 849文字


  風薫る五月。
  この季節になると、おいちゃんは毎年、心待ちにしていることがある。それは、ツバメの巣を愛でに行くことだ。
 生まれたばかりの、いたいけな雛鳥たち。
 巣の中で、仲良く並んだ彼らが、ちょこんと首だけを出して、親鳥の帰りを今か今かと待ちわびて、ピーチクパーチク喧しく鳴いている。もちろん、彼らは、母ちゃん、早くエサをおくれ、と催促して鳴いているのである。
 その風景が、なんともいえずいとおしくて、おいちゃんは毎年、心を弾ませながら、と同時に、頬をほころばせながら、毎年、ツバメの巣を見に行くのを心待ちにしている。
 もっとも、かつては都会のいたるところでも、ツバメの巣を見ることができた。それが、昨今では、限られた場所でしか見ることができなくなった。
 主な原因は、人間のエゴイズムにほかならない。それでも、ツバメたちは、種の保存のために、けなげに巣作りにいそしんでいる。
 この界隈では、最寄り駅から四つ先に進んだ駅の入り口の、そのひさしの下にツバメの巣を見ることができる。ぼくは、わざわざ、そこまで足を運んで、毎年、ツバメの巣を愛でに行っている。だが――。
「な、なんてぇ、むごたらしいことをしやがんだ!」
 そろそろ、ツバメが巣に子どもを生むころだな――時期を見計らって、おいちゃんは今年も、最寄駅から四つ先の駅に向かった。
 ふと頭上を見上げたおいちゃんは、あたり構わず、やたら大きな声で、そんなふうに叫んでいた。
 だって、聞いてくれる!
 ツバメがいつも巣作りしている場所にだよ、先っちょが鋭く尖っていかにも痛そうな、だからさもデンジャラスな、そんな金属の針山を設えてやがるんだ!!!
 これでは、ツバメたちも巣作りどころの騒ぎじゃない。
 去年、ここで生まれた雛鳥たちは今ごろ、いったい、どこを、どう彷徨っているのだろう。
 巣を見ることができないのもさることながら、こんなひどい仕打ちを受けた彼らのことを慮れば、おいちゃんは心が痛くなって、ちょっぴり切ない気分になっちまったのだった。
 
 
つづく
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