第10話 遅れてきた、一枚の便り

文字数 1,386文字

 
 
 十一月の終わりといいながら、もの静かに晴れた日のことだった。
 帰宅して、郵便受けを覗くと、一枚のハガキが届いていた。
 だれからだろう。さっそく、ハガキを手にとって、宛名を確認した。すると、それは奥さん宛てのものだった。
 親しき中にも礼儀あり――その(ひそみ)に倣うなら、たとえ仲睦まじき奥さんといえども、勝手に読むのは道理にもとる。
 それにぼくも、いちおう、分別ある大人。だから、それぐらいのことは、わきまえている、つもり。
 がしかし、この「つもり」は、結局「つもり」のままだった。
 というのも、ちらりと見えた「年賀状のあいさつが――」という件(くだり)が、ぼくの好奇心の機微をいたずらにくすぐった。
 それもそのはず。なにしろ季節は、晩秋なのだから。
 ひとたび、くすぐられてしまうと、もういけない。いけない、と頭ではわかっているのに、心情としては首を横に振っている自分がいる……。
 
 
 そこには、青いインクで、達筆な文字が綴られていた。
 ――年賀状のあいさつが、今頃になってしまいまして……というおわびからはじまって、最近、復職したんですよ、という近況報告がつづく。
 さらにつづいて、ところで、そちらはおかわりありませんか、という心配(こころくば)りがあり、それから、たわいないはなしが少々記され、最後に、来年もまたよろしくね、というふうに、結んであった。
 
 
「ごめん、読んじまった」
 部屋に戻ると、その手紙を奥さんに手渡しつつ、読んでしまった非礼を、素直に、詫びた。
 その上で、苦笑交じりに、「それにしても、今ごろとはね……」と顔をしかめて見せた。
 すると、ハガキを受け取った奥さんは、宛名を見て「ああ、この人ね」と微笑んで、「とにかく、のんびり屋さんなのよ」とその笑みをやや苦くしながらも、「でも、こうして返事をくれるだけでもありがたいし、実はこの人、こう見えてもみんなに慕われてる人なのよ」と、ふたたび、その頬をゆるめた。
 そのとき、ふとぼくは思った。これが、SNSの世界だったら、こうはいかないんだろうなぁ、と。
 届いたメールに、あとでいいや、と高をくくっていたら、「なんで、すぐに返事を寄越さないんだよ」といささか割にあわない、そんなそしりを受けかねないからだ。
 でもうちの奥さんは、そういう社会の趨勢など歯牙にもかけない。それより、我が道をいく、というふうに、鷹揚に構えている。
 その奥さんが、口を開く。
「この人とわたしのように、ユルイつながりでいいのよ。SNSの世界みたいに、すぐに返事しないと軋轢が生じる関係って、息苦しいし、しちめんどくさいし、なにより世知辛くていけないわ。たとえ時代遅れとあざ笑われてもいいの、わたしはね。のんびりでいいから、この人のように自分らしく生きられたら、それでいいの……」
 あなたは、どう思って? 
 そういう目をして、奥さんがぼくに訊く。
 ごもっとも――間髪をいれず、ぼくは相槌を打つ。
 
 
 人類の暮らしを、より便利に豊かにするための、文明の進歩。
 にもかかわらず、その進歩が人類の暮らしを、かえってややこしくさせているという、このパラドックス。
 はたして、人類はこの先、いったい、どこへ、向かうというのだろうかーー。
 遅れたきた、一枚の便り。
 それによって、人類の未来(?) についてまで考察が及んだ、そんな晩秋の午後だった。
 
 
 
おしまい
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