Episode15:愛の力

文字数 5,428文字

 大都市ラスベガスの只中にある高級カジノホテル『砂漠の宝石』。そのホテルの内部に発生したジャングル(・・・・・)の中で、現在ビアンカを始めとした女性陣が死闘を繰り広げていた。


「くっ……!」

 眼の前の下級悪魔……アパンダの鈎爪が振るわれる度に後退を余儀なくされるリンファ。ビブロスのように武装したり魔法を撃ってくる事はないが、その代わり爪や牙に猛毒が備わっており、軽く引っかかれたり噛みつかれたりするだけで致命傷になりかねない。

 今回の任務にあたってリキョウから事前に主だった下級悪魔の特徴を教えられていたのが功を奏して毒を警戒する事が出来たが、その代わり過剰に警戒するあまり攻勢に転じる事も出来なかった。結果としてアパンダに一方的に追い込まれるリンファ。

(く……このままじゃ! 何とかして奴の隙を突かないと……)

 自分とていつまでも昔のままではない。特にリキョウと出会ってからは短い期間だが、彼の薫陶を受けた事で確実に上達しているという実感があった。眼前の下級悪魔一体自力で退けられずに、どうして彼のパートナー(・・・・・)を名乗れようか。


 リンファは意識を集中させる。幸いというか何度も躱したお陰で、奴の攻撃の動きというか癖のようなものは覚えつつあった。霊鬼(ジャーン)と違って体型的には人間と大きな差がない事も順応しやすかった要因と言える。 

 敵の攻撃は非常に速いが、技術はなく単調だ。過剰な恐れさえなければ今の彼女なら対処できないものではない。

 アパンダの鈎爪が水平に振るわれるのをステップで躱したリンファは、そのまま後退して距離を取らずに、逆に前に踏み出して距離を詰めた。その大胆な動きに意表を突かれたのかアパンダの攻撃が僅かに停滞する。

 リンファはその隙を逃さず大きく身を屈めると、両手に持った鴛鴦鉞を同時に突き出す。

「打破它!」

 刃を備えた武器の刺突、そしてその武器から放たれた『気』の力が、攻撃の威力を何倍にも増幅する。かつてLAで『シューティングスター』と呼ばれた異星の戦士をも弾き飛ばした重撃をもろに食らったアパンダは、大きく吹き飛んで『木の幹』に衝突した。そしてそのまま消滅してしまった。


「ふぅぅぅぅ……!! た、倒した! 上手く行った……!」

 リンファは大きく息を吐いて荒い呼吸を整えた。彼女の鴛鴦鉞に『気』を乗せた重撃は、上手く当たれば下級悪魔なら一撃で倒し得る威力だとリキョウが保証してくれていたが、それが証明された形だ。

「今ので大分『気』を消耗しちゃったけど、早いとこビアンカさんの援護に向かわないと……!」

 激しく戦っている内に他のメンバーと距離が離れてしまったらしく、リンファは聞こえてくる戦いの喧騒を頼りにビアンカの元へと駆け出していった。


*****


 ビブロスが右手に作り出した剣を振り下ろしてくる。当然当たったら下手をすれば即死だ。ルイーザは必死になってその斬撃を躱す。ビブロスは間髪を入れず追撃してくる。

(考えてみれば一人でまともに戦うのってこれが初めてかも。正直怖い。でも……)

 人間同士の殺し合いすら本来は恐ろしいのに、ましてや相手は悪魔だ。不安に思わない方がどうかしている。しかしビアンカも、ナーディラやリンファも同じ経験を乗り越えてきているのだ。自分だけ尻込みしてはいられない。そして何より……

(アダム……私に力を貸して!)

 彼から貰った(・・・・・・)力がある。彼が自分を守ってくれる。ならばこんな奴に負けるはずがない。


 ルイーザの装着した『パトリオット・アームズ』は所有者の意思に応え、右手のブレスレットがまるで細身のブレードのような形状に変化する。彼女はそのブレードでビブロスの斬撃を受ける……ような事はしない。

 恐らく下級悪魔でもその膂力は人間の女性とは比較にならないだろう。まともに受けたらブレードごと弾かれて隙を作ってしまう。相変わらずビブロスの斬撃は大きく躱しつつ、反撃でブレードを突き入れていく。

 一部異星の技術が使われている刃は悪魔にも通じるようで、ビブロスの身体に裂傷を穿つ。致命傷には程遠いがこれはあくまで牽制だ。ビブロスはルイーザが自分を傷つける手段を持っている事に驚いたらしく、翼をはためかせて距離を取った。

 そしてそのまま空中に飛び上がると、掲げた片手の先に放電現象を発生させる。空中から魔法で一方的に攻撃されるのはマズい。……本来であれば。だがルイーザは逆に口の端を吊り上げた。

 ブレードはあくまで副兵装(・・・)に過ぎない。『パトリオット・アームズ』の真骨頂はもう一つの兵装(・・・・・・・)の方であった。ルイーザの意思に応えて今度は左手のブレスレットが一瞬で変形する。

 それは細い口径のライフル(・・・・)のような形状となり、ルイーザの左上腕を覆うような形で展開する。そして間髪を入れずその銃口から眩い光が迸った。

『……ッ!?』

 まさかこちらも遠距離攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったらしいビブロスは驚愕して、粒子ビームの直撃をまともに受けた。胸を貫かれて地面に墜落するが、驚いた事にまだ死んではいなかった。腐っても悪魔か。

 怒り狂ったビブロスが起き上がって火球を投げつけてくる。ルイーザは横っ跳びするようにしてその火球を躱すと、跳びながら再度銃口を敵に向ける。持ち主の意を汲んだ『パトリオット・アームズ』は自動で照準を合わせ(・・・・・・・・・)粒子ビームを発射する。

 その光線は狙い過たず、今度はビブロスの額を正確に撃ち抜いた。流石に頭を撃ち抜かれては生きていられなかったらしく、物も言わずに消滅してくビブロス。


(や、やったわ……! 私、本当に悪魔を倒せたのね……!!)

 横っ跳びから倒れた姿勢のまま銃口を前に突き出していたルイーザは、消滅していく悪魔の姿を見て我ながら信じられない思いだった。改めて自分が持つ『パトリオット・アームズ』の凄さが実感できた。大統領達がこれの量産を急がせているのも納得だ。

「……でも、いつまでも勝利の余韻に浸ってる訳にも行かないわね。ビアンカを助けに行かないと」

 ルイーザは気を取り直して立ち上がると、ジャングルの木々の向こうから聞こえてくる戦いの喧騒に割り込むべく走り出していった。


*****


 毒々しい紫色の表皮のカエル人間といった外見の下級悪魔――ストロールという悪魔らしい――が、その巨大な口を開いてやはり紫色の見るからにおぞましい液体を吐きつけてきた。

「うゥ……!」

 オリガは青ざめた顔で悲鳴を押し殺しながら、必死で障壁を張り巡らせる。液体は障壁に当たって飛散すると嫌な音を立てながら蒸気を発する。溶解液か何かのようだ。それを見たオリガは増々青ざめる。

 泣きたくなった。ビアンカは勿論ルイーザ達もそれぞれの敵を相手取っていて、自分を助けてくれる人は誰もいない。つまり彼女は一人でこの眼の前の悪魔を倒さなければならないのだ。どう考えても無茶だ。

 たまたま超能力を植え付けられただけで、オリガ自身は元はただのロシアの田舎に住む少女だったのだ。こんな世界とは縁もゆかりも無い存在であった。

(怖い……。怖い! た、助けて、イリヤ!)

 必死に障壁を張ってストロールの溶解液を遮断するオリガは、いつしか心の中でイリヤに助けを求めていた。そしてすぐにそんな自分に気づいて愕然とした。

(私、何を考えてるの……!? 私がイリヤの助けになるって誓ったばかりなのに!)

 それがかつて彼を手酷く拒絶してその人生を狂わせた張本人たる自分に出来る唯一の贖罪(・・)。オリガには絶対に退く訳にはいかない理由があった。折れそうになる心を必死に奮い立たせて、眼の前の悪魔を自分の罪そのものであるかのように睨むオリガ。


 ストロールが再び溶解液を吐きつけてきた。オリガも再び障壁を張ってそれを遮断する。見た目は恐ろしい攻撃だが、このように何とか防御出来ている。必要なのは自分の能力に対する自信と信頼だ。

 オリガは一旦障壁を解除すると、ストロール目掛けて念動波を叩きつける。一定以上の実力者には通じない事も多い念動波だが、果たしてストロールはまともに食らってよろめいた。とはいえ腐っても悪魔、一撃では倒せない。

 攻撃を受けたストロールが怒りなのか、奇怪な叫び声を上げて連続して溶解液を吐きつけて来る。オリガが慌てて障壁を張り直すと、直後に障壁越しに溶解液の雨が降り注ぐ。

「ク……うぅ……!!」

 物凄い音と衝撃にオリガは歯を食いしばって耐える。地獄のような時間が過ぎ、何とか溶解雨を凌いだオリガだが、そこに業を煮やしたのかストロールが直接突進してきた。

 人間大の怪物に直接突進されるのはマズい。イリヤと違ってオリガの障壁の強度は、悪魔の突進に耐えられるほど強固ではない。

(イリヤ……私に勇気を!)

 オリガは敢えて障壁を解除した。そして全ての力を集中させて念動波を放つ。防御を捨てて攻撃のみに力を割り振った状態だ。これで念動波を耐え切られて突破されたら、オリガは為す術もなく殺されるだけだ。

 全力の衝撃を叩きつけられたストロールは、突進の最中だった事もあって吹き飛ばされずに踏み留まろうとする。耐え切られたら終わりだ。オリガは必死で念動波を放ち続ける。悪魔との押し合いになる。

「ぐ……ううぅぅァァァァァッ!!!!」

 オリガの可憐な口から似つかわしくない咆哮が迸る。頭が割れるかと思うほどの痛みを堪えてひたすら念動波を撃ち込み続けた結果……遂にストロールが耐え切れなくなって吹き飛ばされた!

 悪魔はきりもみ回転しながら進路上にあった木の幹に頭から衝突し、そのまま動かなくなると消滅してしまった。


『ふぅ! ふぅぅ! はぁ! はぁ……!! や、やった……! 私、やったわ、イリヤ!』

 勝利を確信したオリガは激しく息を切らせながらロシア語で喝采を上げる。自分だけの力で敵を……悪魔を撃退したのだ。非常に激しい興奮と高揚が彼女を一時、昔の彼女(・・・・)に戻していた。 

『今なら何でも出来る気がするわ。ビアンカさんも私が助けてみせる。そしたらイリヤもきっと私を見直すはずだわ……!』

 もう自分は以前までの自分とは違う。オリガは何かに突き動かされるように、未だ木々の先から聞こえてくる戦いの喧騒に向かって走っていった。


*****


 飛蝗と人間を掛け合わせたような悪魔……ウェパールが連続で拳や蹴りなどの打撃を繰り出してくる。その速度は仮にも聖戦士たるナーディラをもってしても完全には捉えきれない速さで、受け損なった攻撃による被弾で徐々にダメージが蓄積していく。

(流石に手強いですわね。でも(わたくし)がここで退く訳にはいきませんわ!)

 サディークやユリシーズ達から悪魔についても学んでいたナーディラは、このウェパールが下級悪魔の中では最も手強い部類であるという事を事前に知っていた為、他のメンバーでは危ういと判断して率先してその相手を引き受けたのであった。

 ナーディラも果敢に曲刀を振るうが、ウェパールは素早い動きでそれを躱しつつ的確に反撃してくる。その動きは素早いだけでなく隙がない。それでいて打撃の重さも相当なものだ。このまま正面切っての戦闘を続ければ確実にナーディラが負ける。それが解るくらいには強かった。


(私がこいつを受け持って正解でしたわね。とはいえ私もこのままでは厳しいですわ。……アレ(・・)を使うしかありませんわね。実戦で試すのは初めてですが)

 『ペルシア聖戦士団』の中位以上(・・・・)の戦士は全員習得している対魔物用の霊技。まだ位階60番台である彼女は習得していなかったが、今回の任務にあたってサディークから特別に教授されていた。

 当然実戦で使うのは初めてだが、そんな悠長な事を言ってられる相手ではない。成功させねば確実に負ける。折角念願叶ってサディークと添い遂げられたというのに、こんな所で死ぬ訳には断じて行かなかった。

(サディーク様……私に力を!)

 ウェパールの猛攻を何とか凌ぎながらナーディラは、僅かな隙に態勢を立て直し曲刀を縦に構える。そして精神と霊力を集中させると一気にそれを解放した。

『فلاش!!』

 彼女の霊力に反応して曲刀が光り輝き、強烈な閃光(・・)となって周囲に迸った!

 『ペルシア聖戦士団』の戦士達が得意とする霊技『神霊光』。霊力を帯びた閃光は低級の妖魔ならその身体を焼き焦がし、それと同時に強烈な目眩ましで一時的に敵の視界を封じる効果もある。

 至近距離で『神霊光』の直撃を受けたウェパールは流石にそれだけでは倒せなかったが、複眼だった事も災いしてか目眩ましの効果は最大限に発揮されたようで、目を押さえながら激しく悶え苦しむ。絶好の好機だ。

「終わりですわっ!」

 霊力を纏った曲刀を横薙ぎに一閃。ウェパールの首を刎ね飛ばす事に成功した。頭を失い消滅していく悪魔の姿を見届けて、ナーディラは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


「はぁ……どうにか倒せましたわ。サディーク様から『神霊光』を賜っていなかったらと思うとゾッとしますわ」

 しかも強いとはいえ所詮は下級悪魔だ。これより強力な悪魔は山程いる。アメリカにおける魔の存在の脅威を改めて実感するナーディラ。ビアンカはこんな連中と今まで、そしてこれからも戦い続けているのだ。

「私も負けてはいられませんわね。その為にもまずは彼女を救わねばなりませんね」

 ライバル(・・・・)関係も相手が健在であればこそだ。ナーディラはダメージを負った身体に鞭打って、ビアンカを援護すべく駆け出していくのだった……
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み