Episode19:悔悟と造反

文字数 4,435文字

 ユリシーズに敗北したミラーカは、気付くとコンクリート張りの殺風景な部屋の中にいた。

「ん……く……こ、ここは……?」

 目を覚ましたミラーカが周囲を見渡すと、すぐに自分以外にも倒れている者達がいるのに気付いた。 

「セネム! モニカ! ……シグリッド!?」

 自分と一緒にユリシーズに敗北して捕まったセネムとモニカがいるのは解るが、もう1人消息不明になっていたシグリッドまでいる事には驚いた。やはり彼女も同じ連中に捕まっていたのだ。


「皆、大丈夫!? しっかりしなさい!」

「う……ミ、ミラーカ……か。す、済まない……」

 最初に目を覚ましたのはセネムだ。すぐに状況を悟ると消沈した様子になるが、同じように倒れているモニカとシグリッドに気付いて意識を切り替えたらしい。

「おい、モニカ、大丈夫か!? シグリッド、君も目を覚ませ!」

「う、うぅ……セ、セネムさん……。ミラーカさんも……すみませんでした」

「……! み、皆さんも奴等に捕まったのですか?」

 意識を取り戻したモニカとシグリッド、特にシグリッドはこちらをやはり驚いた様子で見返してきた。

「ええ、御覧の通りよ。そしてやっぱりあなたも奴等に捕まっていたようね」

「……面目ありません。不覚を取りました」

 シグリッドは悄然と項垂れる。簡単に話を聞く限り彼女を捕らえたのはユリシーズではなく、アダムと名乗る黒人の大男だったそうだ。そういえばあの時ユリシーズもその名前を口にしていた気がする。最初にプランBに移行したとか何とか。あれはシグリッドの事だったのだ。

 だが今やミラーカ達も同じ立場の虜囚となってしまった訳だ。拘束はされていないが、全員武器は取り上げられている。だが……


「私達に対して随分不用心ね。ここがどこかは解らないけど、4人も揃っていれば例え武器がなくてもここを脱出するくらいは容易なはずよ」

 ミラーカは人間以上の膂力を持つ吸血鬼だし、そもそもシグリッドやモニカは武器を必要としない。例え分厚い金属扉でも強引に破る事は難しくないはずだ。だがそのシグリッドがかぶりを振った。

「無理です。私も何度も試しましたが、どうも何らかの特殊な『魔力の膜』のようなものが張り巡らされているらしく、私の力でも破る事が出来ませんでした」

「……!」

「それに加えて……恐らくその『魔力の膜』の影響でしょうか、私の力もこの中では使えないようです。申し訳ありません」

 モニカが心苦しそうな様子で謝罪する。彼女の精霊を操る力は非常に強力だが、何らかの手段でそれを阻害されると一気に無力化してしまうという弱点も存在する。彼女の力が使えないとなるとミラーカとシグリッドの2人で頑張るしかなくなるが……


「膂力では役に立てんが、我等を閉じ込めているのが『魔力』だというなら、私の力で破れるかもしれん」

 セネムが申し出る。確かに彼女の破魔の霊力は、魔力を持つ魔物に有効だ。やってみる価値はあるだろう。

「そうね。とりあえずやってみて頂戴」

「うむ、では少し離れていてくれ」

 セネムは頷いて、霊力を高めつつ金属扉に手を触れる。モニカはともかくミラーカ達は魔物なので、巻き添えを喰わないように離れた所で見守る。彼女らが見守る中、霊力を集中させたセネムはカッと目を見開いて、扉に両手を突き出す。

『نور فلش!!』

 するとその手の先から眩いばかりの閃光が発せられ、ミラーカ達の視界を一瞬塗り潰した。そしてその光が収まると……

「……むう、駄目か。何という強固な魔力だ……!」

 無念そうに唸るセネムの姿。どうやら彼女の力では破れなかったらしい。

「だが直接触れて解ったぞ。これはあのユリシーズという男の魔力によって作られたものだ。奴がこの『膜』を張っている張本人だ」

「……! やはりあの男が……」

 ミラーカは歯噛みした。あの男の実力は底知れない。奴の魔力だとすると確かにここにいるメンバーだけで破るのは困難かもしれない。しかしそれでも諦める訳には行かない。こうしている間にも連中の魔の手がローラに迫っているかも知れないのだ。

 ミラーカが何とかしてここから脱出する方法はないか思案していると……


「……!」

 唐突に部屋の入口の金属扉が外から開いた。そこには扉を開けたと思しき1人の男が立っていた。

「ほーぅ……こりゃ中々に眼福な光景だなぁ。以前に監視してた時も思ったが、結構な美女揃いだよな、お前ら」

「……っ! サディーク殿下(・・・・・・・)!?」

 その姿を見たセネムが目を剥いた。それは典型的なアラブ系の容姿をした若い精悍な男であった。ゆったり目の服とヒョウ柄の肩掛け、それにイスラム男性特有のチェック柄の被り物が目を惹いた。

 セネムの言動からしてこの男が彼女を尋問(・・)して、ミラーカ達のうち誰かが(・・・)『特異点』であると疑いを持たせた張本人であるサディークという男なのだろう。

「な、何故ここに……? まさか貴方が……。『ペルシア聖戦士団』の位階第2位にして、サウジアラビアの第六王子であられる貴方が、事もあろうにアメリカ政府に協力しているなどとは思いもよりませんでしたぞ」 

「俺自身、思いもよらなかったさ。ま、惚れた弱み(・・・・・)ってやつかな」

 サディークは自嘲気味に笑って肩を竦めた。 


「御託はいいわ。一体何しに来たの? あなたも奴等の仲間だというなら、私達を拷問でもして情報を聞き出すつもりかしら?」

 ミラーカが警戒しながら問い掛けるとサディークは若干複雑そうな顔でかぶりを振った。

「まさかな。女に手を上げるのは俺の主義じゃねぇ。プランA(・・・・)だけで済むはずだったんだ。まさかあいつらがプランB(・・・・)に移行しやがるとはな。お前らを無闇に傷つけるつもりはなかった。……ま、今更言っても言い訳にしかならねぇがな」

 サディークは再び自嘲気味に笑うと……腰に提げていた曲刀を抜き放った。

「……!」

 ミラーカ達が一瞬警戒して身構えるが、サディークは意に介さず自身の霊力を高め始めた。

「下がってろ。コイツ(・・・)を破るのは、俺でさえちょっと骨だ」

「え……?」

 彼の言葉に戸惑うミラーカ達だが、サディークは構わず霊力を集中させていく。恐ろしく研ぎ澄まされた霊圧にミラーカ達は自然と肌が粟立つ感触を味わった。同じ霊力でも先程のセネムのそれとは比較にならない強大な圧力だ。

 空気が震動するほどの霊圧が発散され、やがてサディークがカッと目を見開いた。

「――ッぇい!!」

 気合一閃。サディークが扉の前の何もない空間に、刀を縦一直線に斬り下ろした。すると……

「あ……! 『魔力の膜』が……!」

切れた(・・・)……!?」

 モニカが驚きで叫ぶと同時に、普段表情に乏しいシグリッドもまた驚愕に目を瞠る。彼女らの脱出を阻んでいたあの強固な魔力の膜が、まるでスポンジケーキのように鮮やかに切れたのだ。『外』の空気が流れ込んでくるのを確かに感じた。

「あ……ち、力が……私の力が使えます!」

 モニカが自身を改めながら喜色を浮かべる。だがミラーカはまだ警戒した視線をサディークに向けている。


「……どういう事? 何を企んでいるの?」

「そう思うのは当然だが、生憎何も企んじゃいない。ただこれは俺のやり方(・・・・・)じゃねぇってだけだ。お前らがお前らなりに街を守ろうとしてるってのはもう解ってるからな。俺はそれこそアメリカ大統領の部下じゃねぇ。自分の納得行かねぇ事には自分のやり方を押し通すだけさ」

「…………」

 ミラーカはそれでもまだサディークから警戒した視線を外さなかったが、そこにセネムが割り込んでくる。

「ミラーカ……君は知らないだろうから警戒するのも当然だが、私の知るサディーク殿下は本来こういう方(・・・・・)なのだ。むしろ私にはこの方がアメリカ大統領の意向に唯々諾々と従っている姿より余程納得できる」

「……! セネム……」

 同じ組織に所属して少なくともミラーカよりはサディークの人となりを知っているセネムがそう言うからには、それは事実なのだろう。ミラーカはようやく警戒を解いた。シグリッドも同様だ。

「ま、別に納得してくれなくてもいいけどよ。とにかくアンタらはアンタらのやりたいように動きな」

 サディークはそう言って肩を竦めると、ミラーカとセネムに何かを投げて寄こした。それは……取り上げられていたはずの、彼女達の愛用の武器であった。

「さあ、行くならさっさと行けよ。この『結界』を破った以上、既にユリシーズの野郎には気付かれてるはずだ。時間の猶予は余りないぜ」

 サディークは扉の前から身を退けてミラーカ達を促す。

「脱出するのは良いんですが……ここは一体どこなのでしょうか? どこかの廃墟というには造りがしっかりしているし、電気も水道も通っている」

 モニカの質問。ミラーカもそれは気になっていた。目を覚ました時にはここだったので、この施設の全容が解らない。

「アメリカ政府が各大都市に必ず設営してあるという要人避難用のシェルターの1つだ。場所はLA郊外の自然公園の中だ。ま、どうせ他にも沢山あって、外国人である俺に知られても問題ない場所って事なんだろうがな」


「……一応礼は言っておくわ」

 ミラーカが刀の具合を確かめながら小さく呟くと、サディークは苦笑した。

「感謝すんのはまだ早ぇぞ。それとこの部屋から出たらお前らも気付くだろうが、後2人捕まってる仲間がいるぞ。ラテン系とショートヘアの女だ。ああ、あと赤毛の女もいたな」

「……! ヴェロニカとジェシカ! それにナターシャまで!? あの3人もここに捕らわれていたのか」

 セネムが険しい表情になる。あの時ユリシーズはイリヤの名前も挙げていた。恐らくあの少年に捕まったのだ。まさかナターシャまで一緒に捕まっていたというのは想定外であったが。

「あのガキ、ちょっと頭のネジが外れてる所があるからな。大事(・・)になる前にその3人、助けてやった方がいいぜ?」

「……!」

 そう言うからにはサディーク自身はこれ以上動く気はないという事か。だがこうして自分達を逃がしてくれるだけでも充分ありがたい話ではあったが。

 それに仲間達を助けるのに、いくら強いとはいえ赤の他人の手を借りるつもりはない。

「助けてやりたいのは山々なんだが、恐らくもうちっと大仕事(・・・)が来そうなんでな。俺はそれに備えなきゃならん。あのガキくらいは自分達で退けてみせな。これまでこの街を守ってきたお前らなら、それを思い出せばきっとやれるはずだぜ」

「言われるまでもないわ。皆、行くわよ」

 サディークが頭を掻きながらそう言うのを、ミラーカは冷淡に頷くと仲間達を促す。

「はい、私ならもういつでも大丈夫です!」

「同じく。既に体力や魔力は回復しています」

「うむ、急ごう。サディーク殿下、改めて礼を言わせて頂きます」

 モニカ、シグリッド、そしてセネムは三者三様に答えると、ミラーカに続いて部屋を飛び出していった。確かに集中すると魔力の存在を感知できる。これはジェシカのものだ。これを頼りに進めば彼女達が囚われている場所に行きつけるはずだ。
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