Episode28:デーモンスレイヤー

文字数 3,439文字

『邪魔な女どもよ。貴様らから始末してやろう!』

 オセの周りに再び何本もの巨大な『剣』が出現する。ローラの神聖弾で何本か砕いたはずだが、今の所奴の魔力に陰りはない。オセが次々と『剣』を射出してくる。

「く……!」

 ミラーカやセネムは自身の得物を使って辛うじてその攻撃を弾く。だが『剣』の威力は強く、いつまでも防ぎ続けてはいられないだろう。シグリッドとジェシカの無手組は最初から受けようとはせずに回避に専念している。だがやはり長期戦になればいずれ被弾は避けられないだろう。

 そしてそれだけでなくオセは後衛であるローラ達の元にも『剣』を飛ばしてくるので、モニカとヴェロニカも自分達や巻き込まれただけの一般女性たちの防護に力を割かざるを得ず、オセに対して有効な反撃が出来ない状態であった。

 ローラが闇雲に神聖弾を撃っても、オセには例の自動防御があるので、奴の本体に神聖弾を当てられない。残ったビアンカではそもそもオセにダメージを与える事さえ難しいだろう。

 防戦一方。有効な反撃手段すらなく、オセが一方的に攻撃してローラやミラーカ達はそれを凌ぐだけという状況が続いていた。このままでは先の繰り返しであり、完全なジリ貧だ。この状況を打破するには……


 ミラーカ達前衛組はオセの攻撃を受けながらも何とかその隙を窺って反撃しようと試みる。勿論ヴェロニカ達も同様だ。オセも彼女らの反撃を封じるために、より一層苛烈な攻撃を繰り出す。オセの注意が一時的にだが完全にローラ達に集中する。

 それを見て取ったローラは、ビアンカの方にチラッと視線だけを向けて合図(・・)する。ビアンカはすぐに頷いて、攫われてきた女性たちの方に向かう。勿論オセの注意を引かないように慎重にだが。

「さあ、ここは危険よ。あっちの壁際まで退避するわよ」

 部屋の入口方面にはオセが陣取っているので逃げられない。幸いというかかなり広いスペースなので、ローラやユリシーズ達の戦闘の余波が届かない部屋の隅に女性たちを誘導していく。

 ビアンカが女性たちを避難誘導し終えるまでオセの注意を引くための牽制に努めていたローラだが、ビアンカが四苦八苦しながらも何とか避難誘導を終えたのを視界外に確認したローラは、横で戦うヴェロニカに視線を向ける。


「ヴェロニカ、ゲヘナの時のアレ(・・)をもう一度やるわ。行けるわね?」


「……! は、はい! 大丈夫です!」

 ヴェロニカも心得たもので、それだけで通じた。早速精神を集中して力を溜め始めるヴェロニカ。

「モニカ、あなたもゲヘナの時と同じように私達の護りをお願い」

「解りました。お任せ下さいまし」

 モニカもゲヘナで共に戦ったので、その辺りは心得たものだ。


 一方でローラ達後衛組が何らかの準備(・・)に入ったのを見て取った前衛組。特にローラからゲヘナでの詳細を既に聞いていたミラーカは、相棒がやろうとしている事にすぐ気付いた。そして自分達の役目を自覚する。

「皆、もうひと踏ん張りよ! とにかく奴に攻めかかって!」

 仲間たちを鼓舞しつつ自ら率先して斬りかかる。既に翼の生えた戦闘形態になっている事を利用して、オセの頭上(・・)に飛び上がって、上空からの攻撃を仕掛ける。しかし……

『馬鹿め、無駄だ!』

「……ッ」

 オセの作り出す『剣』は自由自在に立体的な動きが出来るらしく、何本かの『剣』がミラーカを妨害するように飛来してくる。勿論その間にも地上にいるセネム達への攻撃も並行している。

「ぬぅぅ、何という手数だ! 4人がかりで攻め立てているというのにまるで隙がないぞ!」

 セネムの呻きにも焦燥が混じる。ただ隙がないというだけではない。

「そうですね。しかも……強烈なカウンターというおまけ(・・・)付きです」

 普段はクールなシグリッドもその声と表情に苦汁を滲ませる。オセの操る無数の『剣』は、こちらの攻撃を妨害する守りだけでなく、当然ながらこちらを攻撃してくる矛でもあるのだ。妨害と反撃を同時に繰り出してくる、恐るべき兵器だ。

 自身の得物を持っているミラーカやセネムはともかく、基本的に無手であるシグリッドやジェシカはどうしても被弾が多くなる。『剣』による反撃を躱しきれずに手傷が増えていく。

「グウゥゥ……!!」

 獣人化しているジェシカも苦しげな唸り声を上げる。だがここで退く訳にはいかない。それに彼女達は信じているのだ。ローラなら必ず何とかしてくれると。彼女達はそれを信じて自らが傷つくのも厭わず、ひたすら攻めかかりオセの注意を釘づけにするという役目に邁進する。


『ええい、雑魚どもが鬱陶しい! これ以上私の邪魔をするな!!』

 ミラーカ達の頑強な抵抗に業を煮やしたらしいオセが苛立たしげに叫ぶと、奴の周囲に更に大量の『剣』が出現した。そしてそれらの『剣』が一斉に外側(・・)を向いた。

「……っ!!」

 ミラーカ達の顔が引きつり、反射的に防御態勢を取る。それは後衛にいたモニカも同様だ。

「風の精霊よ! 侵害を排したまえ!」

 自分だけでなく、力を集中していて無防備なローラとヴェロニカにも防護の範囲を広げる。それとほぼ同時にオセの周囲に浮かぶ大量の『剣』が一斉に全方位に向かって射出された!


 無数の『剣』はその周囲にいる者達に等しく襲い掛かる。上空にいたミラーカは完全には捌き切れずに身体の複数個所に深い裂傷を負って、またその被膜翼も切り裂かれて苦鳴と共に地面に墜落した。セネムも二振りの曲刀を縦横に捌くが、防ぎきれなかった『剣』が脇腹に突き刺さって、血を吐きながらひざまずく。   

 武器で弾いた彼女達ですらそれだ。

「が……はっ……!」

「ギャウゥゥンッ!!」

 シグリッドもジェシカも到底全てを避けきる事は適わず、ミラーカと同じように深い裂傷をいくつも作り、尚且つ何本かの『剣』が身体に刺さり、勢い余って吹き飛ばされる。トロールや人狼だから即死せずに済んだようなもので、人間であれば即死級の重傷を負って倒れ伏す2人。

 そして当然『剣』は後衛のローラ達の元にも迫り……

「ぐっ……く……!」

 風の防壁を張り巡らせるモニカの顔が苦しげに歪められる。一本でも防壁を突き破りかねない『剣』が同時に何本も殺到したのだ。辛うじて全てを防ぎきる事が出来たが、引き換えに風の防壁も消滅して、気力が尽き果てたモニカは半ば自失してその場に崩れ落ちてしまう。

 因みに限界まで離れていたビアンカ達の元までは『剣』は到達しなかった。勿論ミラーカ達がいなかったらその限りではなかっただろうが。それでも悲鳴を上げて蹲る女性たちを庇うようにビアンカも伏せていた。

 オセの全方位攻撃によって前衛組は全員倒れ、モニカもまた気力が尽きて倒れた。一瞬にして丸裸にされたローラ達。ミラーカ達もとても継戦できる状態ではなく、このままであればオセの勝利は確実であった。だが……


(――今っ!!)

 敵の注意が完全にミラーカ達に釘付けになり、尚且つ彼女らを排除しようとオセが大技を繰り出した直後(・・)。これこそがローラの待ち望んでいた瞬間であった。傷つき倒れる仲間たちの姿を意図的に意識から遮断して、ただオセに必殺の一撃を命中させる事のみに全神経を集中させる。

「ヴェロニカァァッ!!」

「はいっ!!」

 同じように意識を集中していたヴェロニカが、ローラの合図にあわせて殆ど条件反射的に『大砲』を発動する。例え『大砲』であってもオセの自動防御を破れる保証はない。ローラの神聖弾(ホーリーブラスト)だけでも破れないのは実証済みだ。であるなら……この二つの攻撃を合わせれば(・・・・・)いい。

 かつて落とされた魔界(ゲヘナ)において、死神(サリエル)を撃ち破った最強の合わせ技『神聖砲弾(ホーリーキャノン)』。これで倒せないのであれば最早ローラ達に打つ手はない。オセの力が死神(サリエル)以上でない事を祈るだけだ。

(神父様……お願い、力を貸して!)

 ローラが祈るように見つめる中、『神聖砲弾』は真っ直ぐオセの元に飛んでいき……その間に自動防御によって出現した『剣』に衝突した。そして……

『何だと……!?』

 『剣』が粉々に砕け散って、尚威力を保持している『神聖砲弾』がオセのオブジェクト状の身体に直撃した!


『オゴワァァァァァァァァーーーーッ!! こ、この……私が、何故、貴様ら如きにィィィィ……!』

 
 その身体に巨大な風穴を開けたオセが、内部から霊力によって焼き尽くされ、怨嗟の断末魔を上げながら塵となって消滅していった。

 ビアンカの『天使の心臓』を狙って現れたカバールの悪魔は、カバールとは関係のなかったローラ達によって討滅されたのであった。

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