Episode17:もう一つの戦い

文字数 4,958文字

 アメリカ屈指の大手テレビ局BNN。その人気番組の1つである『ザ・デラックスルーム』ではMCのルパート・ケネディの軽妙な毒舌トークが人気であったが、定期的に行われる様々なゲストとの対談形式での遠慮会釈ない雑談も大きな特徴であった。

「しかし今全米の関心を引いている話題と言えば、やっぱりシアトルに出来たあの『ニューオリンピア自治区』ですよねぇ? 自由党の議員さんとしてはあの『自治区』に対してはどのようにお考えで?」

 番組内ではMCのルパートが国民党やダイアンの失策を揶揄してスタジオを沸かせた後、対面のソファに座るゲストに『自治区』についての話題を振る。

 そのゲスト……自由党の連邦上院議員にして大統領候補(・・)であったゴードン・R・ミラーは深く憂慮の表情で頷いた。

「やはり何と言ってもあの『自治区』が出来るまでに至った発端(・・)を忘れてはいけないでしょうな。キース・フロイト氏はあのような扱いを受けねばならない道理は何一つなかった。彼が『黒人』であったという一点を除いては」

 ゴードンはそこでわざとらしく一旦言葉を切る。

「全てはこの国に根強く残る白人至上主義的な価値観が引き起こした悲劇だ。そしてそれを解っていながら放置し続けている国民党とウォーカー大統領にこそ重大な責任があると認識している。彼女は大統領となって以降、こうした人種差別撲滅のための行動を何か一つでも行ったか? 答えは否だ。そこに彼女と国民党の本音が現れている。あの『自治区』はレイシスト大統領によって差別を受ける全ての有色人種達の怒りと抗議の象徴なのだ。彼女はそれを肝に銘じる必要がある」

 ルパートとカメラに向かって長々と口上を垂れるゴードン。それに対してルパートがわざとらしく拍手しながら口を開く。しかし彼がろくでもない政権批判と聞くに堪えないジョークを飛ばす前に、ダイアン(・・・・)はテレビのスイッチを切った。


「……クソ。ゴードンの奴、好き勝手に言ってくれるわね。この絵図を仕組んだのは自分達でしょうに、抜け抜けとまあお為ごかしが飛び出る事。その真っ黒な舌を引き抜いて対面のアホMCに喰わせてやりたいわ」

 ホワイトハウス内にある大統領専用の休憩室。そこでソファにもたれかかりながら悪態をつくのは、現アメリカ大統領のダイアン・ウォーカーその人。

「ボス、それじゃどっちが悪魔か解りませんよ。まあゴードンの奴が悪魔だと仮定しての話ですが」

 その側には護衛としてユリシーズが佇んでおり、ダイアンの悪態に苦笑している。ダイアンは鼻を鳴らした。

「証拠がないだけで悪魔に決まってるわ。先の大統領選で私に負けたのは自分自身のせいなのに、いつまでもネチネチとみみっちいったらありゃしない。あの陰険さは絶対に悪魔そのものよ。いずれ必ず正体を暴いてやるわ」

 大統領として人前に出ている時からは考えられないような態度でゴードンを腐すダイアン。ユリシーズは何となく先のヴァチカンでのマクシミリアン4世の態度を思い出した。両者の『素』に接する事が出来る自分は世界的に見ても貴重な立場なのかも知れないと思った。


「正体を暴くって言えば、その『自治区』に赴いてるはずのビアンカ達の方はどうなってるんです? 『自治区』設立の裏にいる奴を暴けたんでしょうかね?」

 彼女の話題を振るのに不自然な流れではないと考えたユリシーズは、さり気ない風を装ってビアンカの近況を尋ねる。普段なら目敏くユリシーズの思惑など見破るダイアンだが、流石に今はそれに気付く精神的余裕がないらしく複雑そうな表情で頷いた。

「ええ、それなりに順調なようね。『自治区』の有力者たちの影響を取り除いている所みたい。そしてビルからの報告によると、どうもオルブライトの奴が臭いようね」

 主席補佐官のビル・レイナーから進捗報告を受けているダイアンの言葉に、ユリシーズは目を細めた。

「……! イーモン・オルブライト。ワシントン州選出の上院議員ですか。確かこの自治区の件でゴードン以上にあなたを糾弾してましたね」

 当の『自治区』が出来てしまった州選出である為に、その糾弾度合いも仕方ないものと許容されていたが……

「ええ……アイツ自身が黒幕となると話は変わってくるわね。これでアイツがビアンカに釣られて『自治区』に現れたらもう確定ね。悪魔にアメリカ合衆国の憲法も人権も適用されないし、するつもりもない。いつも通り後処理(・・・)は大統領府で請け負うから、徹底的に思い知らせてやれと、ビルを通じて向こうに伝えておくわ」

「……!」

 ダイアンの静かな怒りを感じ取ってユリシーズは若干瞠目した。この『自治区』問題では彼女が相当頭を悩ませて、また自由党やマスコミからの追及・糾弾が酷かった事も知っているユリシーズからすれば無理からぬ事と解った。


「……しかしこれでもしこの問題をビアンカが解決したら、あなたにとっても大きな貢献をした事になる。そろそろ報酬(・・)をくれてやっちゃどうですかね?」

「……! どういう意味? 既に生活に不自由ない待遇は与えてるし、ここに残りたいと望んだのもあの娘よ。それ以上の報酬を望むような――」

「――ボス、解っているでしょう? 俺が言ってる『報酬』はそういう意味じゃないって事が。あなたさえその気になれば、1セントさえ支払う事無く彼女に最高の報酬を与えられるんですよ?」

 解っているはずなのに解らない振りをするダイアンの言葉を敢えて遮って、ユリシーズは斬り込む。ダイアンが言葉に詰まる。そして少し気まずそうに目を逸らす。

「……まだよ。まだ、心の整理が出来ていないのよ。もう少しだけ時間を頂戴」

 それがダイアンの精一杯の譲歩だというのは理解できた。これには時間がかかるだろうと『元夫』のマクシミリアン4世も言っていたし、ユリシーズ自身もそれは同意であった。ダイアン自身が心から素直になれなければ意味がない。演技でビアンカの望むように接した所ですぐに見抜かれるだろう。ただビアンカの心情を想うと歯がゆいのもまた事実であった。

「……はぁ。まあ解ってますからいいですよ。ただアイツは間違いなく強いですが、反面非常に弱くもある。ロボットじゃないって事だけは承知しといて下さいよ?」

「ええ、それは……勿論よ」

 ダイアンは消極的ながら頷いた。今はこれが限界だろう。余り重ねて言及すると却って意固地になりかねないので難しいところだ。


 丁度その時ノックの音が響いた。廊下を警護しているSPだ。


『大統領、失礼致します。モーガン副大統領が到着しました。すぐにでも出られるそうです』

「……! そう、解ったわ。私もすぐに行くと伝えておいて頂戴」

 多忙であるダイアンに代わって大規模暴動などで大きな被害を受けたミネソタ州に出向いて、現地メディアへの対応や州議会との協議などを代行してくれていたルドルフ・モーガン副大統領が戻ってきたようだ。
 ダイアンは一息吐くと勢いよく立ち上がった。

「さて、それじゃ休憩は終わりね。大統領の仕事に戻るとしましょうか」

「ええ、お供しますよ。良からぬ連中には指一本触れさせませんので、安心して職務に励んで下さい」

 2人はそのまま休憩室から出て1階の中央棟ロビーに向かう。そこには既にモーガン副大統領の姿があった。


「おお、ダイアン! 愛しの我が女神! 早く君に会いたいが為に全力で仕事を終えて戻って来たよ! 君からの賛辞はどんな形でも大歓迎だよ?」


 ダイアンの姿を見るなり独特の高いテンションで喜色を露わにする壮年の白人男性。これがアメリカ合衆国の現ナンバー2、副大統領のルドルフ・モーガンであった。

 名前からも分かるようにドイツ系だが既に2世であり出生はアメリカなので、有事(・・)の際には大統領へと繰り上がる副大統領資格を有している。濃い口髭を生やした独特の愛嬌がある容姿で、一部の国民達からは『アンクルドルフ(ルドルフ叔父さん)』の愛称で親しまれているらしい。

 見るからに仕事が出来る冷徹なキャリアウーマン風のダイアンとは色んな意味で対照的であり、キツい言動で時には国民党内部からも反感を買いやすい彼女にとって良い緩衝材となっている欠かせない側近でもあった。

「え、ええ、よくやってくれたわ、ドルフ。あなたのお陰でミネアポリスの住民たちの不満を抑える事が出来たわ。ありがとう」

「おお! 貴女のその言葉だけで千里の苦労も報われるというもの! 私に出来る事があればいつでも頼ってくれ!」

 若干頬を引きつらせたダイアンが労うと、モーガンはまた大仰な身振りで喜びを示した。ダイアンの頬の引きつりが大きくなる。

 緩衝役の副大統領は大統領府にあって唯一ダイアンが苦手としている人物でもあり、緩衝材なだけでなく彼女がやり過ぎて無駄に敵を作らないように抑える中和剤(・・・)でもあるのはホワイトハウス内では周知の事実であった。


「おほん! それで……道中や現地では何も問題はなかった?」

「勿論安心安泰だったとも! 貴女が警護に付けてくれたこの子(・・・)のお陰でね!」

 彼の側にはもう1人の人物が控えていた。それはまだ年端も行かない金髪紅顔の美少年……イリヤであった。カバール側が今回の事態を仕組んだ事を確信していたダイアンは、ミネソタに赴くモーガンにも護衛が必要と考え、イリヤをその任に当てたのであった。

 これまで常にビアンカの庇護下にあった彼だが、今後の事を考えてビアンカがいない状態での遠出も経験させておこうという意図もあった。また人好きのするモーガンは、あまりコミュニケーション能力が高くないイリヤを預けるのにも最適であった。

 当然既にイリヤの超能力の事は承知しているモーガンは、ダイアンの意図を汲んで快くイリヤの同行を認めてくれた。そしてイリヤは彼と一緒にミネアポリスまで赴き、無事に護衛の任務を果たしたのである。

「そ、そんナ……。結局何も起きなかったから、僕はただ一緒にいただけで何もしてないし……」

 モーガンに大仰に示されたイリヤは少し照れくさそうに身を縮める。

「おお、可愛いイリヤ! 謙遜など君には似合わないよ! 君がいればカバールの悪魔も怖くないと思えたから、私も安心して職務に励む事が出来たんだ。君は立派に任務を果たしてくれたのだよ!」

「ル、ルドルフさん……」

 イリヤは少し感激したように目を瞬かせる。そんな彼にモーガンはおどけたように片目を瞑った。

「はは、しかし君のような目立つ少年が側にいたから当然マスメディアの注意を惹いてしまって、SNSでは私の隠し子かなどと盛り上がっているようだ。勿論私と君では似ても似つかないからそんな噂はすぐに消えるだろうがね。でも君はテレビ映えするし、もし良かったらまた私が遠出する時は護衛を頼みたいな」

 彼の言葉にイリヤも恐縮を忘れて嬉しそうな様子になる。どうやら出張の間にこの人当たりの良い副大統領は、元来内向的なイリヤともすっかり打ち解けていたらしい。

 ダイアンが手を叩いた。


「さあ、それじゃ皆準備も出来てるみたいだし、早速会場に向かいましょうか。また私を攻撃する事しか頭にないハイエナ達の相手をすると思うだけでウンザリするけど」

「おお、ダイアン! 記者会見(・・・・)の場では間違っても本音を漏らさないように頼むよ? 彼等にさらなる攻撃材料を与えるだけだからね」

「勿論解ってるわよ。だから今のうちにここで愚痴ってるのよ」

 モーガンの忠告にダイアンは渋面を作りながらも頷いた。これから副大統領も同席する、全米の主要メディアを集めた全国放送の記者会見があるのだ。間違いなく旬の話題(・・・・)である『ニューオリンピア自治区』についての質問や糾弾(・・)が記者達から浴びせられるはずで、それが解っているダイアンは今から憂鬱になっている様子であった。

 ただこれも大統領の仕事である。この事態を解決するために現地でビアンカ達が戦っているのだ。ユリシーズとしては今から赴く記者会見などのような場で、要人達に万が一の事が無いよう警護するのが役目だ。彼は彼に出来る事をやるしかない。イリヤも同様だ。

(ビアンカ……無事に戻って来いよ)

 何故か面と向かっては素直に口に出せない言葉も心の中であれば抵抗なく出せる。彼は遠い西海岸で今も戦っているだろう少女の顔を思い浮かべ、その無事の帰還を願うのであった……
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