Episode15:雷電の支配者

文字数 4,868文字

 ボストン市内にあると思われる以外にはどことも知れない廃工場のフロア。そこでは今、ビアンカとナーディラの二人が、カバールの悪魔であるボストン市警察コミッショナーのギデオン・ブラードに対して激しい死闘を演じていた。尤も……死闘(・・)と認識しているのはビアンカ達だけであったが。

「ははは!! ほら、どうした!? 大口を叩いた割にはもうへばったのかね?」 

「くっ……!」

 ブラードの挑発にビアンカは歯噛みしつつ、グローブから霊拳波動を撃ち出す。当たれば人間の骨を砕く威力の衝撃波が連続で撃ち込まれるが……

「ふん……」

 ブラードが手をかざすと薄い電気の膜のような物が展開した。その膜に当たった霊拳波動は尽くかき消されてしまう。やはり全く通じない。無駄にグローブの霊力を消費させられるだけに終わっていた。しかしそれでも僅かに奴の意識をこちらに向けさせる効果はあった。

「ふっ!!」

 その『隙』に迂回したナーディラが後ろから曲刀で斬りかかる。彼女の武器も霊力を帯びており、当たれば悪魔にも痛痒を与える事は出来るはずだが……

「……ッ!」

 ブラードの周囲全体に同じような電気の膜のような物が立ち上った。斬りつけようとしていたナーディラが電気に当たって弾かれた。

「うぐ……!」

「ナーディラさん!」

 ナーディラが苦痛に顔を歪めて呻く。ビアンカは彼女を援護するため再び霊拳波動を放つが、やはり虚しく電気の膜にかき消されてしまう。


 先程からこの繰り返しだ。ビアンカ達は全力で戦っているのに、ブラードが張り巡らせる膜一つ破れずに四苦八苦している。ブラードはその場に佇んでいるだけだ。これは戦いとは呼べなかった。

 あまりにも高い壁。カバールの上級悪魔と戦う(・・)というのが本来いかに馬鹿げた、無駄な足掻きでしかない事を改めて痛感させられる。だが……

(ここにいたのがローラ(・・・)だったら……)

 LAでの任務で出会ったロサンゼルス市警の女刑事。ビアンカとはまた異なる過酷な運命を背負った女性。彼女の神聖弾であればブラードの電気膜など容易く撃ち破って、油断しきっている奴を変身する暇さえ与えず倒す事も可能だったはずだ。

 だがあいにく彼女はここにはいない。それどころかそろそろ彼女の『特異点』に惹かれてLAに現れた、新たな人外を相手に戦っている頃かも知れない。いずれにせよ居ない者を前提にしたたらればに意味はない。


「ナーディラさん、まだ動ける?」

「く……あ、当たり前ですわ!」

 ビアンカに弱みを見せたくないという心理が働いているのか、ナーディラは苦痛に顔を顰めながらも何とか立ち上がった。霊力によるダメージ軽減も多少は働いているようだが、それでも大分辛そうだ。

「さて、楽しい時間だったがそろそろ終わりにしようか。これでも何かと忙しい身でね」

「……!!」

 それまで一歩も動かなかったブラードが遂に能動的に動いた。奴から積極的に攻撃されたらビアンカ達では一溜まりもない。

 奴が手をかざすと、その掌の先から再び放電現象が発生した。その放電は指向性を持ってビアンカ達の方に放たれる。

「危ないっ!」

 ビアンカとナーディラは辛うじて横っ飛びに電撃を躱すが、電撃は地面に衝突すると激しいスパークを引き起こして放電を撒き散らした。直撃は躱したものの余波の放電までは回避できず二人は強い電圧に曝されて身体を震わせる。

「あ……ぐぐっ……」

「く……こんな、もの……」

 常人ならこの余波の放電だけで感電死していた可能性があるが、ビアンカはアルマンのチョーカー、ナーディラは自前の霊力によって辛うじてそれ(感電死)は免れた。だがそれでもテーザー銃を食らったくらいの衝撃はあり、二人は身体が痺れて抵抗はおろか立ち上がる事さえ困難となっていた。

「さて、それでは『天使の心臓』を頂くとしようか。王女様の方はオマーン政府との裏交渉(・・・)に使えそうだな」

 勝者の余裕で悠然と近づいてくるブラード。事実ビアンカ達にはもう抗う手段がない。奴がまさにビアンカに手を掛けようとしたその時――


「ぬぅらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


「「「……ッ!?」」」

 突如響いてきた凄まじい気勢。ビアンカとナーディラは勿論だが、ブラードも目を瞠って視線を巡らせる。そのブラードの頭上に影が差す。その影は裂帛の気合いと共に、持っていた二振りの霊刀(・・・・・・)をブラードに叩きつけた!

「……ッ!!」

 その斬撃はブラードの電気膜を容易く斬り破って、奴の脳天目掛けて迫る。ブラードは初めて盛大に顔を引きつらせて回避した。そして大きく飛び退って距離を取ったブラードとビアンカ達の間に割り込む影。

「き、貴様……!」

「へ、どうしたエレキ野郎? 女共相手じゃないと余裕も保てねぇか?」

 傲岸不遜なまでの自信に満ちた力強い声音。そして二振りの曲刀を構えたアラビア風の衣装。それは紛れもなく彼女が……いや、彼女達が絶対に来てくれると信じていた者の姿だった。

「サ、サディーク様……!!」

 その姿を認識したナーディラが状況も忘れて歓喜に声を震わせる。歓喜しているのは勿論ビアンカも同様であった。サディークは一瞬だけ彼女達に視線を向ける。

「遅くなって悪かったな、二人共。すぐにこのゴミを片付けるからちょっとだけ待ってろや」

「サディーク……! でも、大丈夫なの(・・・・・)?」

 ビアンカは別の意味で目を瞠った。改めて見るとサディークはまるで既に凄まじい激闘をくぐり抜けてきたかのように傷だらけであったのだ。彼にこのような傷を負わせられる相手は限られている。カバールの上級悪魔を除けば、今この街では……恐らくライルだけだ。

「へ、あいつ(ライル)にはきっちりと落とし前を付けさせてやったから安心しろ。こんなモン傷の内に入らねぇ。むしろ丁度いいハンデ(・・・)ってヤツだぜ」

 サディークは不敵に笑うが、どう見ても彼は軽傷とは言い難い状態であった。それを見て取ったブラードが余裕を取り戻して嗤う。



「くはは……この場所を知ったのはあの男(ライル)が漏らしたのか。だが貴様にそこまで重傷を負わせてくれたならプラマイゼロだな。丁度いい。私の仕事を何度も邪魔して眷属共を屠ってくれた礼をしてあげよう。『天使の心臓』を食らう前祝い代わりにな!」

 ブラードの身体から物理的な圧力さえ伴う程の膨大な魔力が噴出した。次の瞬間、奴の身体が強烈なスパークに覆われて見えなくなる。そして……内側からの圧力でスパークはどんどん肥大し、やがて凄まじい勢いで弾け飛んだ!

「……!!」

 サディークは咄嗟にビアンカとナーディラを放電から庇うように立ち塞がった。そのお陰で彼女達は被害を免れた。だがその為に変身(・・)は阻止できなかった。

『くふふ……この姿になると抑えが効かなくてね。楽に死ねるとは思わない事だ』

 放電の球体を割って中から現れたのは……

(あれは……『鹿』?)

 まず目についたのは、大きて立派な二本の角を備えた鹿(しか)の頭部であった。ただしその角は淡く発光してスパークを帯びていた。暗緑色の体毛とやはり発光した目を持つその『鹿』は、四足ではなく人間のような四肢を備えていた。その四肢や胴体も暗緑色の体毛に覆われており、二本の足は蹄のような形状になっていた。

 鹿と人間が融合したようなその怪物の背中には、頭部から生えているのと同じような『角』が何本も突き出しており、やはり淡く発光して電気を帯びていた。

 頭だけでなく背中にも何本もの光る角を生やした、暗緑色の体毛に覆われた鹿人間。それがブラードの変身した姿の形容詞であった。その姿を見たナーディラが青ざめる。

「こ、こいつですわ! あの夜、私達の前に現れた悪魔は!」

 彼女は攫われる際に一度この悪魔と邂逅しているのだ。彼女が言っていたこの悪魔の名は……


『君にはあの時に一度見せていたね。この『雷電の支配者(サンダールーラー)』ハーゲンティの力を生きて二度も見れる幸運を喜びたまえ』


 ブラード……ハーゲンティがその鹿の口から不気味な笑いを発する。なまじ大人しい草食動物というイメージがあるので、余計に禍々しさを感じる。だが……

「け……どんなご大層な野郎かと思ったら。鹿肉のソテーは豚肉が食えない俺等には結構好まれてんだよ。知ってたか?」

『……! ふふ……すぐにその減らず口も叩けなくなるだろうさ!』

 ハーゲンティの背中の角群が一際強く発光し、強烈なスパークを纏う。するとそこから複数の光り輝く『球』が浮かび上がった。それはさながら『雷球』とでも形容すべきもので、激しい放電を引き起こしながらハーゲンティの周囲を漂う。奴が手をかざすとその複数の雷球は一斉にサディークの元に殺到してくる。

 一斉にとはいってもその全てが独自の意志を持っているかのように異なる軌道だ。

「け! こんなモンで俺様を殺れるかよ!」

 だがサディークはその全ての軌道を卓越した反射で見切って霊刀で斬り払う。すると斬られた雷球はその場で爆ぜた(・・・)

「何……!?」

 至近距離だった事もあり流石のサディークも反応が間に合わず、強烈な放電に間近で曝される。

「ぬおぉぉぉっ!!」

「サ、サディーク様!?」

 上級悪魔の操る電撃はサディークの霊力でも完全には中和しきれなかったらしく、野獣のような苦悶の呻きをあげるサディーク。その姿を見てナーディラも悲鳴を上げる。ビアンカも思わず目を瞠った。

『そら! まだまだこれからだぞ?』

 ハーゲンティの嗤い声と共に、残りの雷球が再びサディークを襲う。それだけではない。再びハーゲンティの背中の角が放電を起こし、新たな雷球が複数発生したのだ。奴はあの爆ぜる雷球を大量に作り出せるのだ。

「クソが……!」

 サディークは毒づきながら曲刀を振るって霊空刃を放つ。近距離が駄目なら遠距離で斬り払えばいい。単純な理屈だが、なんと雷球は独自の意志を持っているかのようにサディークの霊空刃を躱して(・・・)しまう。

「んだとっ!?」

 サディークが驚愕に目を瞠る。これだとあの雷球一つ一つが個別の敵のようなものだ。しかも的が小さくてすばしっこく、斬れば自爆で攻撃してくる厄介な敵だ。こんな奴等を一々相手にしていては持たない。


「だったら本体(・・)をぶっ殺すまでだっ!」

 サディークは雷球の突撃を躱しつつハーゲンティを狙って直接霊空刃を放つ。流石にこの状況で霊空連刃までは放てないようだ。

『くはっ! 馬鹿め!』

 だがハーゲンティが手をかざすと電気を帯びた膜が形成されてサディークの霊空刃を弾いてしまう。霊空刃を弾くとは、その強度は人間の時の電気膜とは比べ物にならない。だがこれでは遠距離攻撃は通じない。

「ちっ……!」

 サディークは舌打ちすると、ハーゲンティに直接斬りかかろうと突っ込む。だが負傷のためかその動きは万全な状態の時とは比べるべくもない。結果、雷球群を振り切れずに包囲されてしまう。

『くはは! 勝負あったねぇ! この状況は如何ともしがたいだろう? 電気椅子で処刑される死刑囚の気分を存分に味わいたまえ!』

 哄笑とともに全ての雷球が一斉にサディークに向けて殺到する。万事休す。いかにサディークが超戦士といえどもこれだけの自爆する雷球に殺到されては一溜まりもない。

「サディーク様!?」「サディーク……!!」

 ナーディラとビアンカが同時に悲鳴を上げる。だがその時……どこからともなく飛来した大量の霊空刃(・・・)が、ハーゲンティの雷球を全て撃墜した。雷球は爆ぜるがサディークとはまだ距離があったので、受けと回避が間に合った。


『何……!?』

「「え……!?」」

 ハーゲンティとビアンカ達の困惑と驚愕の声が重なる。今の霊空刃……いや、霊空連刃(・・・・)は明らかに『外』から撃ち込まれた。明らかにサディークが撃ったものではない。そしてサディークの他に霊空連刃を使える者となると……

「へ……ようやく来たか。遅ぇんだよ」

「殿下……約束(・・)は守って頂きますよ?」 

 工場の梁の上に立ってこちらを見下ろすアラビア風の戦士。サディークと同じように傷だらけではあったが、それはまさしくビアンカ達を裏切って悪魔と手を結んだはずの不徳の戦士ライル・ハリードであった!

 
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