Episode14:陰謀の全容

文字数 4,304文字


「そんなに睨まないでよ。僕の目的は単純さ。他の連中を追い落としたいんだよ。でもカバールの構成員同士の私闘は禁じられてるから表立っては動けない」

「……なるほど。だから代わりに、我々に他の悪魔達を倒して欲しいという訳ですね?」

 リキョウが冷たい声音で確認するとヴィクターは悪びれずに頷いた。だがユリシーズは目を吊り上げる。

「おい、ざけんなよ、小僧。何で俺達がお前の望みを叶えてやらなきゃならねぇんだ? どっちみちカバールは俺達の敵だ。お前に言われるまでも無くぶっ倒してやるさ。そしてお前もそのカバールの一員だよなぁ? しかもビアンカの友達の仇だ。俺達がここでお前を殺さねぇ理由が一つでもあるなら言ってみろよ。フィラデルフィアでは見逃したが二度目はないぜ?」

 ユリシーズが剣呑な魔力を発散させながらヴィクターを威圧する。ヴィクターは両手を挙げて降参のポーズを取る。

「おいおい、落ち着いてよ、怖いお兄さん。僕を殺さない理由ならあるさ。あんた達はあのバルバトスを生け捕りにして情報を得たかったんだろ? でも上級悪魔は手加減して生け捕りに出来るような甘い相手じゃない。それで目論見は失敗した。そうだろ?」

「ぬ……!」

 痛い所を突かれてユリシーズが唸る。代わりにリキョウが頷く。


「確かにその通りですが……話の流れからすると、あなたが代わりに我々の欲しい情報を提供できるとでも言いたげですね?」

「あんたは察しが良さそうだ。まさにその通りだよ。あんた達はこのアトランタで中国が選挙に介入しようとしてるって証拠を掴んで、可能ならその企みを潰したいんだろ? 僕ならあんた達に有用な情報を提供できる」

 ヴィクターがこちらの目的を言い当てると、ユリシーズとリキョウが共に目を細めた。

「そのバルバトスの野郎も俺達がこの街に来てる目的までは知らなかった。カバールでも新入り(・・・)のはずのお前が何でそんなことまで知ってる?」

「僕の個人的な情報源(・・・)があるのさ。あのバルバトスが知らなかったように、その情報源はカバールとは共有していないから安心してもらっていいよ」

「ですがあなた個人にであっても、ホワイトハウスの内部情報が洩れているというのは由々しき事態ですね。ここでそれこそあなたを捕えて口を割らせた方が得策かも知れませんね?」

 リキョウが麟諷を嗾けるような仕草を取るとヴィクターは本気で慌てた。

「ま、待った待った! 流石に僕だって非常時(・・・)の逃走手段くらいは用意してるよ。そうしたらアンタ達は情報を得られなくなる。それは困るだろ? ここはギブアンドテイクで行こうじゃないか」


「……ちっ。どうする、リキョウ?」

 実際このままだとアトランタでの調査が行き詰まるのも確かだ。バルバトスが斃れた時点でもし他にカバールの構成員がまだ潜んでいたとしても、警戒されてそう簡単に表には出て来なくなるだろう。

 中国統一党の神仙達はビアンカの『エンジェルハート』で釣る事は出来ないし、悪魔達と違って神仙だと判明したから襲って捕えたり最悪殺してもいいという事も無い。それどころか下手を打つと中国との国際問題に発展する恐れもある。

 なので出来るだけ穏便(・・)に証拠だけを押さえたいというのが本音だ。その為にはピンポイントで証拠に辿り着けるような有力な情報が不可欠だ。

「……いいでしょう。あなたの話をお聞きします。その情報に納得が出来れば今回は見逃しましょう」

 リキョウが様々なメリットとデメリットを勘案した上でそう答えた。ヴィクターはバルバトスの討伐に手を貸しているのは事実であり、これがカバールに発覚したら彼は最悪粛清の対象となる。 リキョウ達の口からそれが漏れるリスクを背負った上でこの話を持ち掛けてきているのだ。そうそうこちらを騙したりホワイトハウスの情報を他の悪魔に売ったりという愚かな真似もしないはずだと判断したのだ。


「……賢明な判断だよ。さて、それで肝心の情報だけど……アンタ達は『グローバルマティック社』って会社を知ってるかい?」

「グローバルマティック社? んん? どっかで聞いたような……」

 ユリシーズが首をひねって考え込む。出てきそうで出てこないといった様子だ。リキョウが呆れたようにかぶりを振った。

「全く……アメリカ人は当事者意識が低すぎますね。カナダのバンクーバーに本社を置くソフト会社で、近年は特に選挙関連(・・・・)の様々な投票機や集計ソフト、または選挙システム自体の企画提案などを商品としており、アメリカだけでなく世界各国の政府や自治体に営業を掛けてクライアントを集めているようですね」

「……!! 思い出したぜ。確かアメリカでもいくつかの州がそこの会社が作った投票機を導入してたが、システムに問題(・・)があるって発覚して全品リコールの対象になったんじゃなかったか? 確か……【パワー(能天使)】とかいう大層な名前の投票機だったよな」

 2人の話す情報にヴィクターが頷いた。

「そう、そのグローバルマティック社さ。で、最近になって実際にその不備(・・)を改善したという新型の投票機【ヴァーチャー(力天使)】が開発されたのは知っているかい?」


「【パワー(能天使)】の次は【ヴァーチャー(力天使)】か? 次は何だ? 【ドミニオン(主天使)】ってか?」

 ユリシーズがそう皮肉るとヴィクターは苦笑した。

「まあいずれはそうなるだろうね。で、そのヴァーチャーが既にこのアメリカにも導入され始めてるって事は知ってたかい?」

「何……!?」

 ユリシーズが目を剥く。リキョウも剣呑に目を眇める。

「ほぅ……それは初耳ですね? グローバルマティック社は中国資本が筆頭株主の座に就いた事と、【パワー】に異常に高いエラー率が検出された事で、同社の製品はアメリカでは使用禁止になったはずですが?」

「そう……表向き(・・・)はね。しかし実際には自由党の勢力が強い州、いわゆるブルーステートなどでは密かにヴァーチャーの導入が進められているのさ。ヴァーチャーはパワーよりも更に票の不正操作(・・・・)に特化していて、こいつを導入された州は自由党が選挙を好き放題支配できるって事だね」

「……なるほど、そしてマスコミがグルになって隠蔽すれば、国民がいくら不審を抱こうが問題ないという事ですね」

 昨今のマスメディアの左傾化は目に余る程であり、間違いなく自由党や中国のような外国勢力の強い影響下にあると見ていいだろう。

「だがそれは自由党の州だけの話だろ? 国民党の連中がそんなヤバい代物を黙って見過ごすはずがないぜ。まず間違いなく発覚して大騒ぎになる」

 そのユリシーズの言葉にリキョウがハッとして顔を上げる。

「そうか……。今回のアトランタにおける中国の工作はそれ(・・)が目的という事ですか」


「そういう事。中国はブルーステートだけじゃなく国民党の影響が強いレッドステートにもヴァーチャーを導入しようとしているのさ。このジョージア州はそのテストケース(・・・・・・)って所だね。ここで上手く行ったら同じやり方で他の州の知事や高官達も、買収なり脅迫なりで言う事を聞かせてヴァーチャー導入を黙認させる腹積もりだろうね」


「…………」

 そんな事になったら全米の殆どの州で、中国やカバールが自由に票を操作できるという事になってしまう。当然だが次回の大統領選に与える影響は甚大だ。それ以外の地方選挙も全て奴等のいいように結果を操作されてしまうだろう。

 恐らくシンプソン知事や州務長官らに張り付いてる中国人達は、彼等が馬鹿な真似(・・・・・)を仕出かさないように監視する為のお目付け役なのだろう。


「となると、我々が押さえるべきは……」

「勿論、この州にヴァーチャーが導入されてるっていう動かぬ証拠だね。グローバルマティック社の製品はウォーカー大統領が大統領令まで出して導入を禁止している代物だから、見つかったら言い逃れは出来ない。これに関わった知事を始め今の中国に調略された高官達は残らず逮捕なり罷免なりされて、無事中国の内政干渉を防げましためでたしめでたしって訳だね」

 それだけでなく実際にヴァーチャーを導入しているらしい一部のブルーステートに対しても大きな楔を打ち込む事が出来るだろう。


「確かこの州は来月には州議員選挙を控えてたはずだな。そのヴァーチャーのテスト(・・・)には絶好の機会だな。まずはジョージア州議会の過半数を自由党に取らせるつもりかね」

「恐らくそれもあってこの州がテストケースに選ばれたのでしょう。しかも選挙が来月ともなれば確実にそのヴァーチャーという投票機は、現物が州内に持ち込まれていると見て良いでしょう。その保管場所を押さえられればこれ以上ない証拠になります」

 2人の視線が自然とヴィクターに向く。ユリシーズが恫喝するように詰め寄る。

「なぁ、おい。ここまで言ったんだ。ついでにその保管場所も教えて行けよ。そうすりゃ今回は見逃してやるぜ?」

「……アンタが言ったように僕はカバールではまだ新人だからね。生憎正確な保管場所までは解らなかったよ。でも逆に言うと警戒が厳重で探れなかった場所が怪しいという事さ。この街で僕が調べられなかった場所は一つだけ…………ジョージア州立大学だ」

「……! あそこですか。なるほど……確か『老子学院』が存在していましたね。状況から考えても充分疑わしいですね」

 リキョウが納得したように頷く。中国のやり口に詳しい彼がそう言うなら、可能性は高いという事だ。彼等がとりあえず納得したのを見て取ったヴィクターは、ソロソロっと静かな動作で距離を取り始める。


「……僕に言えるのはここまでだ。ここで僕を見逃すには充分すぎるくらいの価値はある情報だっただろ?」

 彼が問い掛けるとユリシーズとリキョウは顔を顰めながらも首肯した。

「まぁ、な……。約束通り今回は見逃してやる。肝心のビアンカもこんな状態(・・・・・)だしな。だが憶えとけ。てめぇはビアンカの親友を殺して、彼女をこの世界に引きずり込む原因を作った野郎だ。見逃すだけだ。許したわけじゃねぇ。今度会ったら容赦なくぶち殺すからそのつもりでいろ」

「同じく。あなたからは悪魔と契約するに相応しい、どす黒い邪気を感じます。今回見逃す事で何か勘違いして、私達の前に再び姿を現わす事がないよう忠告しておきましょう」


「……肝に銘じておくよ」

 2人の超人から本物の怒気と殺気を叩きつけられたヴィクターは、冷や汗をかきながらも更に慎重に距離を取った。

 そして……未だに茫然自失の体で座り込んでいるビアンカにチラッと視線を投げかけたが、ここで何か余計な事を言ってユリシーズ達を怒らせるのは得策でないと判断したらしく、そのまま何も言わずに踵を返して駆け出すと、物凄いスピードですぐに彼等の視界から姿を消すのであった。
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