Episode13:カーチェイス!

文字数 3,408文字

 フィラデルフィア郊外の街道を一台の車が猛スピードで走り抜けていく。乗っているのは2人。ビアンカとユリシーズだ。運転席にはユリシーズが座っており、アクセルを限界まで踏み込んでいる。

 だがそれでも周囲を飛び回る(・・・・)追跡者たちを完全には振り切れずにいる。

「ちぃ……しつこい奴等だ!」

「ちょっと、まだ増えてるわよ! こいつらどれだけいるのよ!」

 ユリシーズが忌々しそうに舌打ちする横で、助手席に座っているビアンカが窓から周囲を見渡して叫ぶ。


 2人が乗る車の周囲を、何体もの翼を持った飛行生物が取り囲んで並走?していた。 いや、更に増えて今では優に10体以上はいるだろう。一体フィラデルフィア警察のどれくらいの数の警官達が怪物に入れ替わっているのだろうかとビアンカは戦慄した。

 大半があのビブロスという悪魔達であったが、腕が羽毛の翼と一体化した鳥と人間が合わさったような怪物も2体ほど混じっている。

「ち……ムルカス共も混じってるか。面倒だな」

 ユリシーズの反応からして、あの鳥人間――ムルカスとやらはビブロスよりも手強いのだろう。それでももっと強かっただろうヴァンゲルフを屠った彼なら、相手が少数であれば問題にしなかっただろうが、これだけ数が多くなってくると話は別だ。しかも更に増えてきそうな気配もある。

 やはり数の暴力というものは強大だ。敵はどうもこの街の警察機構を牛耳っているようなので、いかにユリシーズでも単身で、ましてやビアンカを伴いながら戦えるような相手ではない。

 彼が脱出を優先しているのもそれが理由だろう。


 ビブロス達が次々と火球や電撃を車に向かって撃ち込んでくる。ユリシーズは素早く反応してハンドルを大胆に切る。車が大きく揺れ動く。ビアンカはひたすら手すりを握り締めて揺れに耐える。

 先程からこの攻防の繰り返しであった。敵の数が増えてくるに従って急激な制動の頻度は高くなっていく。

「このままじゃいずれ車ごと吹っ飛ばされるな。かといって迎撃の為に止まってたらもっと集まって来ちまうか……」

 ユリシーズが厳しい表情のまま呟く。敵の数が増える程ビアンカを守るのが難しくなっていく。そして短い逡巡の後、彼女の方に視線を向けた。

「おい、免許は持ってる……つまり車の運転は出来るはずだな!?」

「え、ええ、それは、出来るけど…………ま、まさか?」

 ビアンカは驚愕に目を見開く。この状況でそれを聞いてくるという事は……

「問答してる時間はない! 俺はアクセルを踏み続けてるから、とりあえずハンドルを握れ!」

「で、でも、そんないきなり……!」

 予想通りの要求にビアンカが焦る。だが彼は無情にも彼女の手を無理やりハンドルに掴ませる。そして自分は手を離して窓から身を乗り出す。

「……っ!」

 ビアンカは顔を引き攣らせながらも必死でハンドルを握り締めて操作する。車は優に150キロは出ており、それを不自然な姿勢で運転しているのだ。気が気ではなかった。しかも周りには車を攻撃してくる剣呑な連中が多数追随しているオマケ付きだ。


 そうこうしている内にビブロスがまた火球を飛ばしてきた。ビアンカは慌ててハンドルを切る。すると車はスピードも相まって急旋回し、窓から身を乗り出していたユリシーズが衝撃に呻く。

「おい、もっと上手く避けろ! 狙いが定められんだろうが!」

「う、うるさい! こんな状態で上手く運転できる訳ないでしょ! アンタこそ早く奴等を何とかしなさいよ!」

「口の減らん女だな! 今やっている!」

 車を爆走させながら互いに不安定な姿勢で怒鳴り合う2人。ユリシーズはその合間にも魔力を賦活させて、その手の先から黒く(・・)燃え盛る火球を作り出す。

 夜の闇すら吸い込むような見るからに禍々しい黒い炎。だが幸か不幸か今のビアンカにはそれを気にしている精神的余裕は無かった。とにかく早く周りの怪物達を何とかして欲しかった。

『קוׄקוּשִׁידָן』

 そして彼はまたあの呪文のような言葉を呟き、その黒火球を撃ち出した。黒火球はまるで自分の意志を持っているかのように高速で飛行しているはずのビブロスの1体を追尾して、避ける間も無い程の速度で衝突する。

『……!! ……ッ!!』

 そのビブロスは一瞬にして黒い炎に全身を包まれて、まるで炎に焚べられた紙切れのように燃え尽きてしまった。その威力に他の悪魔達が動揺したように追尾が乱れて散開する。ビアンカは少しホッとする。

『――!!』

 だがその時、鳥の悪魔ムルカスが奇怪な声で何かを叫んだ。すると周囲のビブロス達が再び統制を取り戻す。ユリシーズが舌打ちする。

「ち……馬鹿共が。あくまでやろうってんだな? ならこっちも容赦しないぜ」

 彼は再び黒火球を撃ち出す。その度にビブロス達が消滅していくが、向こうも捨て身で火球や電撃を放って車を吹き飛ばそうと攻撃してくる。

「……っ!! きゃあああっ!?」

 ビアンカはその度に文字通り必死でハンドルを操る。ハンドルの制動やビブロスの攻撃による衝撃で車は揺れに揺れまくり、最早まともに走っているのが奇跡と言えるような有様となっていた。

 だがビアンカの火事場の馬鹿力?運転の甲斐もあって、辛うじて車の走行を維持したままユリシーズが全てのビブロスを殲滅する事が出来た。だが敵はまだいる。


 ――キィエエェェェェッ!!


 今までビブロスの陰に隠れていたムルカス達が、奇怪な叫び声を上げて両腕の翼をはためかせながら迫ってくる。その鳥の羽根は伊達ではないようで、ビブロスよりも飛翔速度が速い。

 ユリシーズがムルカスに向かって黒火球を撃ち込むが、敵は巧みな空中機動でそれを躱してしまう。その間にもう一体のムルカスが鳥の嘴を大きく開く。

 その口からまるで空気を圧縮して作ったかのような、白っぽい半透明の弾が撃ち出された。ビブロス達の火球よりも大きい。

「……っ!」

 バックミラーでそれを見たビアンカは、本能的な危険を感じてハンドルを切る。その直後、一瞬前まで車が走っていた地点が大きな破砕音と共に抉れて、アスファルトの欠片が盛大に飛び散る。

 硬いアスファルトの路面があんな風に抉れるとは相当の威力だ。恐らくその余波だけでも今のこの車が喰らったら今度こそ大破だろう。

 ユリシーズが再び反撃で黒火球を撃ち込むがやはり当たらない。ビブロスとは比べ物にならない素早さだ。


「ち……雑魚共が。出し惜しみしてる場合じゃなさそうだな」

 彼が忌々し気にそう呟いた時、ムルカスの一体が車に追いついて、横からドアに取り付いてきた。そして空いている腕でドアウィンドウを叩き割る。そのまま羽の生えた怪物の腕が車内に侵入して、ビアンカを掴もうとしてくる。

「きゃあああ!!? ちょっと、何とかしてぇぇっ!!」

「ちっ……!」

 ビアンカの悲鳴にユリシーズは身体を車内に引っ込める。そして反対側の窓に取り付いたムルカスに向かって手を翳す。すると……

 ――ドシュッ!!

「……!!」

 ビアンカは目を瞠る。彼女のすぐ目の前を、黒い炎で形作られた()が伸びていたのだ。その『剣』は真っ直ぐに伸びて、ムルカスの喉元に突き刺さっていた。

 『剣』で刺し貫かれたムルカスは、その体内(・・)から焼き尽くされて、黒煙を上げながら泥に転げ落ちて行った。あれは即死だろう。これで一体は倒せたが、敵はもう一体いる。

 ユリシーズが車内に引っ込んだ隙を狙って残りの一体が、再びあの空気弾を発射してきた。ユリシーズは迎撃が間に合わず、ビアンカもすぐにはハンドル操作が出来ない。結果、車の後部に空気弾が命中した。

「ちぃっ!」

 ユリシーズは咄嗟にビアンカを抱きかかえる。その直後、圧縮された空気の塊が爆発し、その衝撃で車の後部が大きく浮き上がった。そして高速で走っていた勢いも相まって縦に一回転して、屋根から路面に墜落した。 

 大破した車はひっくり返ったまま、何回か路面をスピンしながらようやく止まった。


 中から誰も這い出してくる気配が無い。ムルカスは獲物が気絶したと見做して、地面に着地すると歩いて車に近付いた。そして屈み込むようにして中を覗き込んだ。

 ――ドシュッ!!

『……!!』

 その顔面にユリシーズの黒炎の剣が突き立った。彼はビアンカを抱きかかえた体勢のまま、ムルカスが車内を覗き込むのを待ち構えていたのだ。ムルカスは身体をビクンッと震わせて、内側から焼き尽くされて消滅した。
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